建築とコンピュータ(1)


カスパロフ対ディープ・ブルー

昨年と一昨年、1996年と1997年に、20世紀を象徴しているのではないかと思える興味深い事件が起こりました。その興味深い事件というのは、チェスの世界チャンピオン=ゲーリー・カスパロフと、IBMのコンピュータ=ディープ・ブルーとの、2戦にわたるチェスマッチのことです。96年の戦いでは、コンピュータは人間に勝てませんでしたが、1年後のリターンマッチでは、コンピュータがチャンピオンを破りました。

内容をご存じの方も大勢いらっしゃると思いますが、たいへんにおもしろい事件だったと思いますので、紹介をさせていただきたいと思います。この事件に関してましては、NHKでも特集が放映されましたし、たとえば

「人間対機械−チェス世界チャンピオンとスーパーコンピューターの闘いの記録」(Michael Khodarkovsky & Leonid Shamkovich 著、高橋啓 訳、毎日コミュニケーションズ、1998年

などの書籍も出版されているのですが、なんといっても、インターネット上に関連するホームページが山ほど存在しています。当事者のIBMやカスパロフ自身のホームページもあります。もちろん、IBMにとってはかっこうの宣伝材料ですから、ホームページを作って当たり前ですけど…。また、この試合自体がインターネット上で公開されてもいました。

(IBMの公式サイト=http://www.chess.ibm.com/

さて、ごく簡単に、試合を振り返ってみたいと思います。

ゲーリー・カスパロフは、1963年のソビエト生まれだそうですから、今年で35才になっていると思いますが、13年間、世界チャンピオンの座を守っている天才プレイヤーです。一方の、ディープ・ブルーというのは、IBM製のコンピュータの名前です。

 

ファーストマッチ

第1戦は、1996年2月、フィラデルフィアで行われました。6ゲーム制の公式ルールによるチェスマッチです。ディープ・ブルーは、けっきょく、カスパロフに勝てませんでしたが、第1ゲームだけはものにしています。

フィラデルフィアはペンシルバニア州ですが、ディープ・ブルーは、ニューヨーク州のヨークタウンに設置されていました。したがって、会場で実際にカスパロフに向かい合ったのは、ディープ・ブルー自身ではなく、IBMチームの科学者(フェン・シュン・スー)でした。チェス・ボードの前に座った会場の科学者が、カスパロフの指し手をキーボードに入力し、ディープ・ブルーの指示の通りに駒を動かしていたというわけです。

第1ゲームは、先手のディープブルーが勝ちました。機械がはじめて、公式戦にて、世界チャンピオンに勝利した瞬間でした。

続く第2ゲームの勝者は、カスパロフでした。このゲームでは、6手目に、ディープ・ブルーの駒を動かしていた科学者が、誤って、ディープ・ブルーの指示とは異なる駒を動かしてしまったそうです(6.dxc4とするべきを6.cxd4と動かしたのです)。カスパロフが7手目を指した後、ステージに駆け上がったIBMチームが間違いを修正し、1手を差し戻すというハプニングとなりました。けっきょく、勝負は、カスパロフの73手後に、ディープ・ブルーがギブアップしました。

第3ゲームは、引き分けでした。第38手を打ち終わったカスパロフが「引き分け」を申し出ましたが、ディープブルーは承諾しませんでした。その時点では勝てると思っていたんでしょうね。でも、その1手後に、「引き分け」が成立しました。

第4ゲームも引き分けです。このゲームでは、先手のカスパロフが第22手を指した後、ディープ・ブルーは、「error 0 at line 443 in file mpicomic」なるエラー・メッセージを発信して停止したそうです。このエラーでカスパロフはたいへんな心理的打撃を受けたという話もあるようですが、約20分の中断後、試合は再開し、勝負は引き分けとなりました。

第5ゲームは、カスパロフが勝ちました。実は、カスパロフは、第23手を指し終わった後、「引き分け」を申し出ていたのですが、ディープ・ブルーは「引き分け」を承諾せず、けっきょく、勝負に負けました。

カスパロフの2勝1敗2分で向かえた最終の第6ゲーム、カスパロフにとっては引き分けでもいい試合でしたが、カスパロフの43手後に、ディープ・ブルーがギブアップしました。1勝3敗2分で、ディープ・ブルーの負けが確定しました。そして、けっきょく、カスパロフは、賞金40万ドルを手にしました。

(詳細は、http://www.ibm.co.jp/rs6000/resource/deepblue/

 

リターン・マッチ

リターン・マッチは、1997年5月にニューヨークで行われました。今回の優勝賞金は、70万ドルです。

IBMチームには、チェス・プレイヤーのジョエル・ベンジャミンが参加をしていましたし、ディープ・ブルーはベンジャミンや他のチェス・プレイヤーと練習試合を重ねていたはずでしたが、ディープ・ブルーの試合データは機密とされていたそうです。ディープ・ブルーがカスパロフの過去の試合を分析することは可能だったわけですが、逆に、カスパロフがディープ・ブルーを分析することは不可能だったわけです。後にカスパロフの側近が書いた本には、第1戦では非常に友好的だったIBMが、リターンマッチではまったく様変わりをしていたということが書いてあったりします。

リターン・マッチの第1ゲームは、先手のカスパロフが勝ちました。ディープ・ブルーは第45手でギブアップです。カスパロフは、ディープ・ブルーに3連勝したことになります。

そして、問題の第2ゲーム、ディープブルーが37手目に指した「ビショップe4」に世界は驚嘆します。そして、ディープ・ブルーが45手目に「ルークa6」を指した後、カスパロフがギブアップをします。しかし、試合後に、この「ルークa6」はディープ・ブルーの大ポカであったことが判明します。この手は、瀕死のカスパロフに引き分けのチャンスを与える自殺行為だったのです。しかし、ディープ・ブルーの計算能力を過大評価したカスパロフは、こんなポカミスをコンピュータが犯すはずはないと思いこみ、負けを宣言してしまったそうなのです。

続く、第3ゲーム、第4ゲーム、第5ゲームは、ともに引き分けとなりました。

そして、勝負のかかった最終の第6ゲームでは、先手のディープ・ブルーがわずか19手を指し終えたところで、カスバロフがギブアップをしました。対戦成績2勝1敗3分けで、ディープ・ブルーの優勝です。

(詳細は、http://www.ibm.co.jp/rs6000/resource/dbuser.html

 

デジタルとアナログ

というのが、カスパロフ対ディープ・ブルーの対決のダイジェストです。このゲームには、調べれば調べるほど、おもしろいさがいっぱいです。8×8の単純なマス目の中で、僕のようなチェスの素人の想像をはるかに上回る、深遠な死闘が展開していたのです。素人の僕に詳細はわかりませんが、チェスにはチェスの歴史が存在していて、そこにはいろいろな戦法があるはずです。そして、その歴史の理解し、敵に対する戦略を練りつくさないとなかなかチャンピオンにはなれないのだろうと思います。実際、ディープ・ブルーは、単純な数式によって最適解を求めるようにプログラムされていたのではなく、過去のデータベースからより状況にあった指し手を選択するようプログラムされていたそうです。つまり、ディープ・ブルーは、膨大な記憶力を駆使しながら人間的な判断で駒を動かし、そして、油断していたチャンピオンに、たまたま勝ったということだったのだろうと思います。

ですから、カスパロフとディープ・ブルーの対決には、人間と機械の闘いという構図はあてはまらないと思います。過去のチェスの闘いを記憶しているという点でカスパロフは実にコンピュータ的だし、人間の判断をシミュレートしているという点で、コンピュータは実に人間的だからです。

最近は、よく、アナログとデジタル、あるいは、リアルとヴァーチャルという言葉が使われます。私はアナログ人間だからデジタルは嫌いだとか、最近の子供はヴァーチャルなゲームばかりやっているからリアルな感触を失ってしまうんだとかっていうマルティメディア批判論もよく耳にします。でも、僕は、アナログとデジタル、リアルとヴァーチャル、そして、人間と機械という概念は、対立する概念ではないと思います。人間は実に機械的だし、機械は実に人間的だと思うのです。