建築とコンピュータ(2)

コンピュータ・グラフィックスによる空間モデル化を用いての西欧広場の形態分析についてのお話です。西欧広場のコンピュータ・グラフィックスは、1987〜1992年に、当時の東京工業大学茶谷研究室の斉藤亮太君と米野雅之君との共同で製作したものです。詳しくは、

拙著「建築探訪1:ヨーロッパ広場紀行−中世・夢空間への旅」(丸善、1997年)

をご参照ください。


建築とコンピュータ

「建築とコンピュータ」というのが今日のお題目になっておりますが、今日は、現実空間の代名詞といっていいかもしれない建築と、仮想空間の代名詞であるコンピュータについてお話をさせていただきたいと思います。とはいっても、最新のコンピュータ技術を使って、リアルな建築空間を表現した映像をお見せしましょうというわけではありません。残念ながら、僕は、スティーブン・スピルバーグでもジェームス・キャメロンでもありませんから、最新のコンピュータ技術に関しては何もお話できません。僕にお話しできるのは、リアルな建築空間の表現ではなく、悲しくなるぐらいに初歩的で、それゆえに、実にコンピュータ的な建築空間についてです。1600万色のデジタル・テクノロジーの世界ではなく、8色、16色のパソコンの世界です。でも、そんな初歩的なコンピュータの世界も、やはり、実に人間的な世界だと僕は思っています。今日は、デジタルでアナログな、ヴァーチャルでリアルな、機械的で人間的な、いくつかの事例についてお話させていただきたいと思います。

 

シカゴの風景

(1)シカゴの夜景

スライドは、アメリカ・シカゴの超高層ビル=シアーズ・タワーから見た夜景です。この風景を初めて見たとき、僕は非常に驚きました。エレベータのドアが開いて、この風景が目に飛び込んできたときには、いったい自分がどこにいるのか、ひょっとして天国に着いてしまったんだろうかというほどびっくりしていたんじゃなかったかと思います。まさかこんな風景があるとは思ってもいなかったからです。

 

(2)昼間の風景

この光景は、冷静になって考えてみれば、アメリカの都市にはありがちな碁盤目状の道路の街灯が作り出した光景だということがわかるわけですが、この、ただ光だけが点灯する空間の中に、多くの人々が生活し、多くの車が行き交っているのかと思うと、今でもなんだか不思議な感じがします。昼間見えていたものが見えなくなると、かえって見えない部分が鮮明にイメージされてくるような気がするのです。

 

(3)シカゴの夜景・再び

昼間の風景が現実空間だとすれば、夜の風景は仮想空間みたいなものだと思うんですけど、この風景を見て以来、僕は、仮想空間っていうのは、「モデル化された現実空間」、「現実空間のモデル」のことだって思い続けています。街灯だけによって記述された「光の空間」は、都市の大きさや広がりやその許容力を強烈に表現しているように思えるのです。チェスの8×8の単純なマス目が、膨大な歴史をモデル化しているのと同じだと思うんです。

 

西欧の広場

(4-7)広場のCG(アラス)

シカゴの風景を見た数年後に、僕は、当時東京工業大学で一緒だった斉藤亮太くんと一緒に、ヨーロッパの広場のコンピュータ・グラフィックスを作り始めました。このスライドは、北フランスのアラスという町にある英雄広場(隣りにあるもっと大きな広場に対して「小さな広場」=プティ・プラスとも呼ばれてもいるようですが、決して小さな広場ではありません)という広場です。シカゴの風景の真似をしたかったためかもしれませんけど、このグラフィックスでは、広場を構成する建物の壁を点によって表しています。

広場を真上から眺めるとこんな感じです。

 

この広場は、ゴシック様式の高い塔のある広場ですけど、実際の広場は、こんな風です。

 

(8)広場のCG

 

 

次のスライドは、イタリアのシエナ(上)とパドヴァ(下)にある広場のCGですね。広場のグラフィックスを作ってみたいと思ったのは、広場が、壁によって囲まれることによって形成されるもっとも単純明快で、典型的な空間であるように思えたからです。もちろん、広場が単純な空間だなんていうのは、かなり不謹慎な認識だろうと思います。広場には、噴水もあるしカフェもあります。車もあればゴミ箱もあります。でも、壁だけを単純な色彩で表現したグラフィックスでも、けっこう広場らしい雰囲気は出ているように思うのですが、みなさまはいかがお感じでしょうか?

 

ヨーロッパの広場をいくつかスライドでご覧下さい。

 

(9-10)ルッカ、メルカート広場

 

マルい広場、イタリア・ルッカのメルカート広場です。

 

(11-12)マドリッド、マイヨール広場

 

四角い広場、スペイン・マドリッドのマイヨール広場です。

 

(13-14)サンジミニアーノのチステルナ広場

 

三角の広場、イタリア・サンジミニアーノのチステルナ広場です。

 

(15-16)ヴィツェンツァ、シニョーリ広場

 

長細い広場、イタリア・ヴィツェンツァのシニョーリ広場です。

 

(17-18)ローテンブルグ、マルクト広場

 

華やかな広場、ドイツ・ローテンブルグのマルクト広場です。

 

(19-20)ブリュッセル、グラン・プラス

 

もういっちょ、華やかな広場、ベルギー・ブリュッセルのグラン・プラスです。

 

(21)広場のCG(43広場のパース)

広場には、さまざまな歴史があり、さまざまな生活もあると思います。でも、きれいな出来事もあったとは思いますが、悲惨な事件もあっただろうと思います。その場その場では、いろいろな状況判断があって、きれいだとか悲惨だとかっていう感傷もあると思いますが、でも、何が美しくて何が悲惨かは、実は単純に決められる問題ではありません。いつも美しさの中に悲惨さは隠れているし、悲惨さの中にも美学は存在しているわけです。

広場のグラフィックスは、シカゴの夜景のスケールには遠く及ばない幼稚な表現だとは思っていますけど、やはり、シカゴの「空間モデル」同様に、直接的な空間表現が消去されることによって、かえって広場の大きさや許容力が表わされているかもしれないと思えます。

実際、ヨーロッパの広場に行ってみると、実はたいした空間ではないということも多いわけです。けっこう交通量のはげしい通りが広場を横切っていたり、広場全体がほとんど駐車場になっていたり、市が立っていたりするのはそれなりに活気があって感動的ではありますけど、広場のスケールが感じられるような余裕はなくなってしまいます。

それから、実際に広場の中に立ってみると、広場がどんなカタチをしているのか、よくわからないことがあって、どこか高いところから広場を見下ろしてみたいと思うことがしばしばあります。広場を3Dで立体的にモデル化してしまえば、どこからでも好きな視点から広場のカタチを眺められますから、けっこう便利だったりもします。

それにしても、ヨーロッパの広場の形態は多様です。中世の長い歴史の中で形成された西欧の広場に比較すると、ほんの数十年の間に次々に計画された日本の駅前広場は、悲惨なくらい画一的ですね。と思いながら新宿やら渋谷やらの分析を始めたら、日本の都市もけっこう多様だということに気がついたりもしています。けっきょく、分析をしてみるといろんな発見があるので、おもしろくなってしまうものみたいですね。

 

広場周辺街路のシミュレーション

(22)4広場のCG

さて、コンピュータ・グラフィックス、広場という空間のある種の特性を表現していると思うのですが、そう思うと、それがいったい何なのかということを知りたくなります。というわけで、このグラフィックスを分析してみることにしました。

コンピュータ・グラフィックスを分析するという作業は、コンピュータ上でプログラミングするというけっこう孤独な作業になります。はたから見ると、ゲームをしているように見えるかもしれません。いや、実際、ゲームなのかもしれません。

僕は、別にフィールド調査や文献調査が嫌いだというわけでは、けっしてありません。実際のものを見ないで分析が出来るとは思っていません。でも、数値的な分析というのも、研究の選択肢の一つだと思います。いえ、選択肢というより、補完的な作業だと思います。

分析の詳細についておしゃべりしてしまうと、つまらない話になってしまうので、止めておこうと思いますが、東京工大の大学院生と一緒に作った広場へのアプローチに関するシミュレーションの例をご紹介したいと思います。

 

(23)カンポ広場(アクソメ)

あたりまえの話ですが、広場には、広場へと続く街路があります。この街路が創り出す景観のシークエンスは、とてもおもしろいんです。僕たちは、イタリアの4つの広場にアプローチする35本の街路のシークエンスを作って、その35本の街路を6つのタイプに分類しました。シミュレーションでは、広場からもっとも遠い街路の先端、広場との連結部分を見通す位置、広場から10メートル手前の位置、広場への入口、という4つの位置から広場を眺めた風景を作っています。

 

(24-27)1.短街路型(SN-01)

街路の6つのタイプを広場別に見ていただきたいと思いますが、最初の街路は、有名なシエナのカンポ広場の街路です。今は、向こう側に広場がありそうだなあということを感じ始める広場から離れた位置に立っています。明るい黄色の部分が、広場の壁面で、その下のグレーの部分は、アーチです。アーチの下をくぐって、広場に近づいてみます。実は、この街路は、非常に短い街路です。短い街路なのですが、短さの中で傾斜やアーチを使い、大きな広場へのアプローチをダイナミックに演出した街路です。僕たちは、このタイプの街路のことを『短街路型』と呼ぶことにしましたが、カンポ広場には、同じタイプが、合計5本存在しています。逆に、僕たちが分析した範囲では、カンポ広場以外にこのタイプは見られませんでした。

 

(28-29)カンポ広場(写真)

シミュレーションを見ると実物も気になると思うんですけど、実際のカンポ広場は、こんな感じです。

 

(30-33)2.広場開放型(SN-08)

カンポ広場の第2のタイプの街路があります。出口において最も広場のスケールを感じる『広場開放型』です。広場に出たときに、ワッーと広場の大きさが目に入ってきて、広場の大きさがダイナミックに感じられる感動の大きなアプローチだと思います。このタイプは、シエナのカンポ広場に4本見られます。

 

(34)カンポ広場(写真)

 

(35)フルッティ広場・エルベ広場(アクソメ)

次は、パドヴァのフルッティ広場・エルベ広場につながる街路です。フルッティ広場とエルベ広場は、昔の裁判所らしき建物を挟んだ2つの広場、フルッティとエルベ、つまり、フルーツとハーブですから、果物と野菜を売るお店が並ぶ市場広場です。2つの広場なんですけど、景観上は一体化した広場なので、一つの広場とみなしてシミュレーションをしています。

 

(36-39)3.細街路型(PD-05)

フルッティ・エルベ広場の第1のタイプは、細く曲がりくねった『細街路型』 の街路です。フルッティ・エルベ広場では、全部で11本のうちの8本がこのタイプでした。この街路は、先ほどの『広場開放型』が広場に出たときに広場の大きなスケールを感じる街路であったのに対して、広場の正面の建物に突き当たってしまうような特性をもっています。

 

(40)フルッティ・エルベ広場(写真)

実際のフルッティ・エルベ広場です。

 

(41-44)4.広場連続型(PD-11)

フルッティ・エルベ広場にも、第2のタイプの街路があります。今、広場に向かって歩いているんですけど、景観にはたいした変化が見られません。つまり、街路にいるのか広場にいるのかよくわからない景観なんです。実は、この街路の平面は、広場との連結部分で、広場に向かってテーパーのついたカタチをしています。広場に向かって開いていく、広場と一体化した街路なんです。ですから、『広場連続型』です。このタイプは、フルッティ広場・エルベ広場のみに3本見られました。

 

(45)フルッティ・エルベ広場(写真)

 

(46)シニョリーア広場(アクソメ)

次は、フィレンツェのシニョリーア広場です。

 

(47-50)5.大通り型(FR-08)

この街路は、『大通り型』の街路です。長さが長く、幅も大きくて堂々とした街路です。そして、何よりも、正面に向かって一直線に進むアプローチをもっています。シニョリーア広場には、このタイプの街路が、5本ありました。そして、こんな堂々とした街路は、他の広場には見られませんでした。

 

(51-52)シニョリーア広場(写真)

 

(53)ドゥオモ広場(アクソメ)

最後は、ピストイアのドゥオモ広場の街路です。

 

(54-57)6.広場演出型(PS-03)

この位置からは、広場に建つ高い塔の先が見えていますが、アプローチに従ってこの塔がどんな風に見えてくるかにご注目ください。今、見ていただいた通り、広場の塔は見えたり隠れたりしています。この街路には、広場へのアプローチにおいて、高い塔の存在が見え隠れしたり、広場の見通しが大小に変化する傾向がみられる変化に富んだ、振れ幅の大きい性格が認められるのです。ドゥオモ広場にある6本の街路のうちの5本はこのタイプだったのですが、僕たちは、このタイプを『広場演出型』と名付けました。でも、こういうおもしろい景観の変化が偶然の産物なのか、 意図的に演出されたものなのかどうかは、僕にはわかりません。

 

(58-59)ドゥオモ広場(写真)