建築とコンピュータ(3)


現実空間と仮想空間

(60)広場の画素パース

6つの街路をご紹介いたしましたけど、実際に35本の街路を6つに分類した際には、27項目の景観データをコンピュータに計算させ、そのデータを統計処理しています。つまり、コンピュータに分類させているんです。でも、結果を見ると、かなり人間の感覚的な分類に合っているように思います。

このシミュレーションを見て、実際のイタリアの広場をもう一度見てみたいものだと思ってくださった方がいらしてくださるといいんですけど、これを見て、今日はイタリアの広場を体験できてよかった、2000円とられたけど、飛行機代を20万払うことに比べれば安いものだと思われた方がいらっしゃるわけはないと思います。逆に、ひょっとすると、しょせんシミュレーションはこんなものだ、実体験には遠くおよばないよ、と思われた方がいらっしゃるかもしれませんが、僕は、これはこれでそう捨てたものではないんじゃないかと思っています。シミュレーションが実体験の記憶と一致している部分もありますけど、こんなことには気づかなかったなあ、と思う部分もあるからです。実際、僕は、こんなグラフィックスを作ってから、この仮想体験を確かめに、またイタリアに行ったりしています。つまり、シミュレーションをしてみたり、解析をしてみたりすることで、発見できる空間もあるわけです。

ここでも、現実空間と仮想空間は、互いに補完的です。現実空間を体験することで発見した空間と、仮想空間を作ることで発見した空間の両方が合わさって、より充実した空間の概念が形成されるのではないかと思うのです。

 

画素モデル

広場のグラフィックスが点描画のようなブツブツのへんてこな表現になっていたのが気になった方がいらしたかもしれませんが、これは、自作のパース・プログラムで手抜きをしているからです。点の集まりとしてデータ化した広場の壁面を、そのまま点の集まりとして透視変換しているために、近くにある壁には隙間ができ、遠くにある壁は隙間が詰まってしまっているわけです。点の大きさをちゃんと計算させれば、隙間のない壁面の表現とすることが出来ますが、隙間のあるパースがなんか面白いので、けっこう気に入っています。近くにあるものがぼやけて、遠くにあるものがはっきり見えるという、へんてこな逆パースですね。

 

(61)クリスタル・ロトンダ

形態を点の集合として記述しようという発想は、医学分野なんかでは実用化も進んでいるようですけど、建築にどう応用できるかはまだまだ未開の領域だと思います。スライドは、有名なパラディオのヴィラ・ロトンダのCGのつもりですけど、こういう建築は、CADを使って簡単にモデル化できます。もちろん、ディテールを精密にモデリングするには手間がかかりますけど、全体のヴォリュームをモデル化するのは簡単なんです。幾何学的形態を組み合わせによって全体が構成されているからです。

 

(62)スティール・シティ

この都市のCGは、8年前に作ったものですけど、これも幾何学形態の集まりです。今のCADは、もちろん自由曲面なんかが使えるようにはなっていますが、まだまだ基本的には板とか円柱とかの幾何学形態を組み合わせて形態を作っていくインターフェスをもっていると思います。僕は、幾何学形態も曲面も使わないで、すべてを点で表現するっていうCADがあったらおもしろいかなあと、もう10年近く前から思い続けているんですけど、どういうCADがあり得るのかいまだによくわかりません。

 

(63-66)ドラゴンハウス(画素パース)

そんな点表現によるCG=画素パースのことを考えている最中に、もうかれこれ8年くらい前になりますけど、実家の両親の家を設計することになりました。設計した家が、こんな家です。

床のパターンがモアレのような模様をつくっているのがおわかりいただけると思うんですけど、これは先ほどの広場の画素パースと同じ理屈で、コンピュータが勝手に作りだした模様です。実際には、計算の結果としてこうなっているわけですけど、与える構図によって模様は変化しますから、書き終わってみないとどんな絵になるかまったく予想がつかない、いきあたりばったりのパースなんです。

側面の壁がヒヨコのようなカタチをしていますが、これは僕がヒヨッコだったからこういうデザインになったというわけではなくって、この立面は、ヒヨコじゃなくて、ドラゴンなんです。なんていったって、この家は、ドラゴン・ハウスっていう名前なんです。

 

(67)ドラゴンハウス(立面写真)

なんでこの家がドラゴン・ハウスというかといいますと、理由はたくさんあります。まず、設計を始めた年がタツ年だったし、この家は名古屋に建っているんですけど、名古屋といえばシャチホコ、つまりドラゴンの町です。それに、中日ドラゴンズも名古屋です。それから、当時は、今でもですけど、ドラゴンボールというマンガが流行っていたんです。ドラゴンボールは、幸運の7つのボールを集めるとドラゴンが出てきて願いを叶えてくれるというお話ですけど、この家には、7つのマルい照明器具が使ってあります。星はついていませんですけど…。

この家は、そういったバカバカしい、施主の生活とは関係のない冗談だらけの家です。

 

(68)スプラッター・ホラー・バスルーム(写真)

この赤いタイルのお風呂も冗談の一つで、施主にとっては大迷惑だったのかもしれないんですけど、設計した本人は、このお風呂に「スプラッター・ホラー・バスルーム」という名前をつけて喜んでいました。

 

天国にいちばん近い島

(69)天国にいちばん近い島

メチャクチャな設計の住宅ですけど、一番大がかりな冗談は南側に配置した1階のテラスです。1984年の暮れに「天国にいちばん近い島」という映画が公開されました。原田知世が主演した映画です。原田知世は、1967年の11月生まれだそうですから、今年で30才だと思いますけど、当時は16才か17才でした。

 

(70)ニューカレドニアの風景

映画「天国にいちばん近い島」では、ニューカレドニアの島の風景が大変にきれいに撮影されています。先ほどは、シカゴの夜景に感動しましたというお話をしましたけど、僕はその風景にもたいへんに感動したんです。この風景を見て、あー、虚構っていうのはこういうもんなんだなあって、納得してしまったんです。

「天国にいちばん近い島」という映画自体が、理想と現実、虚構と日常、日本とニューカレドニア、映画の監督である大林宣彦という現実的なおじさんと原田知世という非常にフィクショナルな少女、といった空間の対立をテーマにした映画だったということもあるんですけど、こういうウソっぽいほどに美しい空間っていうのは、現実に存在する空間そのものではなくて、作ろうと思わなければ作れない空間だと思うんです。ニューカレドニアだって、ゴミも落ちていればクラゲもいるんじゃないかと思います。けっきょく、ニューカレドニアが天国かどうかっていうのは、イメージの問題です。ですから、「天国にいちばん近い島」は仮想空間だと思うんです。イメージの通りの映像を作ることのできる映画ってすごいなあということを、僕は、ヴィスコンティやタルコフスキーではなく、この角川映画を見て思いました。

 

(71-74)天国にいちばん近い島のスタディ

で、僕にとっての仮想空間の典型である「天国にいちばん近い島」の風景を建築で作れないかというスタディを、自分なりにいろいろやったんです。

 

(75-78)テラス

その結果、実現した風景がこのテラスです。どうもニューカレドニアの風景っていうよりは、どんより曇った無人島って感じですね。

 

(79-80)牧場

それから、ドラゴン・ハウスには、牧場もあります。スライドの左下に牛が写っているのが見えますでしょうか? この牛は、グラスファイバー製のニセモノです。

 

ドラゴン・ハウス

(81)遠景

冗談だらけの住宅ですけど、冗談の中には真実もあります。技術的には失敗も多かったようですけど、当時は、フィクショナルなイメージを出来るだけ多く現実の建築に投影してみたいと考えていたのだと思います。建築はどうしようもなく現実的な空間です。そこで生活をしなければいけない空間です。2時間で終わってしまうような映画とは違います。僕は別に熱烈なドラゴンズ・ファンではありませんから、ドラゴンズがベイスターズに負けてしまったって、どうってことはありません。僕にとっても、現実の空間は大事です。ただ、現実的な生活空間だけで、空間が完結するとは思えません。いつか見た映画の記憶やどうでもいいようなマンガや野球や金のシャチホコやなんでもかんでも、美しいものもどうでもいいものも全部ひっくるめたものが人間の空間だと思うんです。ですから、なんでこんなカタチをしてるんだろうっていう部分が、実は単なる冗談だったりして、でも、まあまあ全体がバランスをとって成立しているような、現実の中に小さな虚構がいっぱい詰まっているような、美しいもののどうでもいいものもひっくるめてデータベース化されているような建築を作ってみたいと、当時は考えていたんだと思います。

 

(82)CG(再)

点がいっぱい集まっているCGと思いつく限りの冗談をデータベース化した住宅との間に相関関係があるのかどうかもよくわかりませんが、いずれにしても、こういうマンガ的な発想は、あまり建築家ウケしないみたいです。なんでもかんでも有りの世界は、まとまりがなくて、けっして美しい世界ではないですから、もっと渋めの建築を作らないと建築界では生きていけないかなあと最近になって反省しています。

 

黒門館

(83)母屋

ところで、この住宅、ドラゴン・ハウスには、後日談があります。ドラゴン・ハウスの隣には、祖父と祖母が住む古い母屋が建っていたんですが、5年ほどに、二人が相次いで亡くなったんです。その時、遺産相続という問題が発生しました。相続税を払わなければいけないという問題です。

もちろん、母屋の建つ土地を売り払えば相続税は払えるわけですが、できれば売りたくないわけです。実際、祖父の遺言には、「みんなで母屋を守るように」と書かれていたそうです。

でも、税金を払わないわけにはいきませんから、そのまま母屋を残すことはできません。そこで、考えられるのは、銀行から借金をするということなんですけど、銀行もただでは回収の見込みのないお金は貸してくれません。それでけっきょく、銀行からお金を借りて、アパート経営の事業を興すことになりました。

となると、アパートの設計をすることになりますから、僕の出番です。黒塀をもつ母屋を料亭にして、その母屋を囲むように3階建てのアパートを建てる案を作りました。一方、銀行も設計事務所をもっていますから、母屋と黒塀を取り壊してアパートを建てる案を出してきました。で、僕の案と銀行案、2つを比べてみると、僕の案はぜんぜんダメなんです。僕の案では、家賃収入が半分くらいしか見込めなくて、返済のシミュレーションが成り立たないんです。

建築関係のみなさんはよくご存じかと思いますけど、アパートの家賃の算定にはマニュアルがあります。駅からの距離、南向きかどうか、間口の広さ、バス・トイレの有無なんかで、コンピュータが家賃を決めてしまうわけです。僕の設計では、北向きの部屋があったり、お風呂のなかったりしていたので、家賃が安かったわけです。実家のすぐ前がお風呂やさんなので、お風呂のない部屋があってもいいんじゃないかと思うんですけど、お風呂屋が近所にあるかどうかはコンピュータは考慮してくれません。

こういう話は、コンピュータ化してしまったマニュアル文化の一番の悪い面じゃないかと思います。顔見知りの八百屋のおじさんと毎日あいさつをするような文化が、マクドナルドの「いっらしゃいませ、ありがとうございました」の文化に変わってしまったわけです。

僕は、コンピュータが嫌いになりまして、けっきょく、アパートを新築するのは中止して、母屋そのものをアパートに改築することにしました。たいした収入は見込めませんけど、もっとも事業費のかからない方法です。

母屋は明治24年の築でしたけど、さすがに傷んでしまっていて、屋根も壁もボロボロでした。昔の造りなので、基礎もありません。土台は玉石に載っているだけですから、土に接してしまっていて、腐りかけていました。

 

(84-85)骨組み

でも、骨組み自体はしっかりしていたので、骨組みを残して、間取りを変更し、1階に3件、2階に2件のアパートに改築しました。屋根と壁を解体してみたら、思っていた以上に土台が傷んでいたので、骨組みをジャッキアップして、基礎を作っています。たいへんなコストアップでした。

 

(86-87)黒門館

で、こんな感じのアパートになりました。このアパートには、黒門町という町の名前にちなんで、「黒門館」という名前を付けました。この仕事は、けっきょく、昔ながらの街並みという、今となってはフィクショナルな風景を再生しようというプロジェクトでした。屋根と壁を壊してしまったので、天国の祖父は怒っているかもしれませんけど、少なくとも昔通りのヴォリュームは残ったわけです。

 

(88-89)内装・ベランダ

アパートが出来て以来、日本はどんどんと不況になり、不動産業も苦しくなってきたという話を聞きます。実際、「黒門館」の近所にも、空き家のアパート・マンションなどが目立っています。でも、「黒門館」自身は、創業以来、空きはありません。部屋の内装は、ベニア張で、この部屋をある学生に見せたら、「いつクロスを張るんですか?」って聞かれましたけど、木造の雰囲気を演出したかったので、これが仕上げです。こんなレトロなアパートには住みたくないっていう人は多いとは思いますけど、中には気に入って入居してくれている人がいるわけです。さっきの学生みたいに、これが仕上だってわからない人は、入居してくれないでしょうけど…。

今の不動産屋のコンピュータには、人間の複雑な感覚をちゃんと考慮した家賃算定をしていないと思います。単純な計算しかできないコンピュータは、絶対に、チェスのチャンピオンになれないと思います。でも、コンピュータが人間の感覚に近づくことは可能だと思いますから、まだまだコンピュータは進化するべきです。

 

(90)黒門町全景