映画に描かれた建築・都市

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Notes:

古代エジプト建築

前3200年ごろからヘレニズム時代にかけて,ナイル川流域の古代エジプトで栄えた建築。墓と神殿の建築に特色を持つ。古王国時代には国王や高官の墓として小型台形のマスタバが造られたが,第三王朝にはジョセル王の階段式ピラミッドに進み,更に第四王朝にギーザの三大ピラミッドの発展。中王国時代の建築はヒクソス人の破壊によってほとんど現存しない。エジプト最盛期の新王国時代には,首都テーベを中心に大規模な建築活動が展開。テーベのナイル西岸には,「王陵の谷」の岩窟墓のほかにハトシュプスト女王・ラムセス二世・同三世・セティ一世などの多数の葬祭殿が,ナイル東岸には,カルナックのアモン神殿とルクソール神殿が造られた。これらはいずれも長軸上に正面のピュロン(塔門),周柱中庭・多柱室,至聖所や礼拝堂などを配置する典型的な神殿のプランを持っている。また十九王朝のエジプト最大の国王ラムセス二世はナイル上流のヌピアに有名なアブシンベル神殿を造った。(「建築大辞典〈縮刷版〉,1976年,彰国社」より)

 

ギザの三大ピラミッド

クフ王(前2589年〜前2566年)は古代エジプト第4王朝(前2613頃~前2494頃))の2代目の王。カフラー王(前2558年〜前2532年)は同じく第4王朝の4代目の王。メンカウラー王(前2532年〜前2504年)は5代目。

 

最高の人生の見つけ方

ピラミッドの他,カリフォルニアでのスカイダイビングとスピードレース(カリフォルニア・スピードウェイ),ヴィルフランシュ=シュル=メール(フランス),アフリカの動物保護区,タージマハル(インド,世界遺産),万里の長城(中国,世界遺産),エベレスト(ネパールと中国の国境,世界遺産),香港などの壮大な風景が登場する。

 

ジャンパー

ロンドンのビッグベン(国会議事堂)やニューヨークのエンパイア・ステート・ビルなど世界的な名所が数多く登場する。ローマのコロッセオ(闘技場)においては宿敵=パラディンと対決し,東京ではオープンカーで疾走するシーンが撮られている。瞬間移動を交えての個々の場面は新鮮なのだが,全体としては盛り上がりに欠け,特にパラディンとの闘いは荒唐無稽に過ぎる感がある。アクション映画には,互角に闘える敵がいないと映画が成立しないという宿命があるので,やむをえないのであろうが…。

 

私を愛したスパイ

007映画の出来映えには波がある。傑作がある一方で,期待はずれに終わることも少なくない。人それぞれの好みはあろうかとは思うが,『私を愛したスパイ』は特筆に値する大傑作だと思う(『私を愛したスパイ』には,記念するべきシリーズ第10作として,巨額の製作費がつぎ込まれたといわれている)。ジェームス・ボンドを演じた俳優は,現在のダニエル・クレイグで6人目である。人気を博したのは,初代のショーン・コネリー,『私を愛したスパイ』の頃の中期のロジャー・ムーア,そして,ダニエル・クレイグの前任のピアーズ・ブロスナンではないかと思う。それぞれに味のあるボンドだったと思うのだが,ロジャー・ムーア時代のボンドは適度にユーモラスで,娯楽映画としての007シリーズの一つのスタイルを確立していたと思う。『私を愛したスパイ』が製作された1977年はまだ東西の冷戦が続いていた頃である。ヒーローには強力な敵がいなければ存在の意味がないから,いかに敵をつくり出すかが映画の難しいところだと思う。ボンドの敵は,単に大金が目的だったり,人類滅亡(人類救済?)が目的だったりするのだが,かつてのシリーズにはソビエト絡みのものが少なくなかった(『ロシアより愛をこめて』がその代表だといえるだろう)。それに対して,最近の007シリーズにはテロを背景としたものが多い。現代は,テロにせよ戦争にせよけっきょくは利権争いなのかという感じもあって,敵の目的が何なのかがよくわからない状況になっていると思う。『私を愛したスパイ』は,まだ世界がわかりやすかったころの,とてもわかりやすい映画的な映画だった。

 

ジョーズ

『私を愛したスパイ』に続く『ムーンレイカー』でも登場し,重要な役回りを演ずる。

 

ルクソール

この一帯の遺跡は『古代都市テーベとその墓地遺跡』という名称で世界遺産に登録されている。

 

アブ・シンベル神殿

アブ・シンベル神殿とアスワン近くに位置する遺跡が,『アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群』として世界遺産に登録されている。

 

 

ソフィテル・オールド・カタラクト・ホテル

アガサ・クリスティは原作の執筆中,このホテルに滞在したといわれている。

 

カルナック神殿

カルナック神殿は,古代エジプト中王朝期より2000年にわたって拡張・修復を繰り返している。ラムセス2世は拡張・修復を行ったファラオの一人である。

 

古代の七不思議

七不思議の組合せには諸説があり,アレクサンドリアの灯台の他,エジプトのピラミッド,エフェソスのアルテミス神殿,バビロンの城壁,バビロンの空中庭園,オリンピアのゼウス像,カリアのマウソロス霊廟,ロドスの巨像,エルサレムの神殿,ローマのコロセウムなどが挙げられる。

 

ダ・ヴィンチ・コード

この映画には,特殊効果で描かれた古代ローマの他,世界遺産「ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター大寺院及び聖マーガレット教会」に含まれる「ウェストミンスター大聖堂」など,歴史的な教会がいくつか登場する。

 

風の谷のナウシカ

宮崎駿の映画は綿密なロケハン(ロケーション・ハンティング=ロケ地を探すこと)によってつくりこまれているといわれている。実在の場所がそのまま映画の世界として描かれているとは考えにくいが,モデルとなった場所はありそうである。真偽のほどはわからないが,インターネット上には,『風の谷のナウシカ』はパキスタンのフンザ,『魔女の宅急便』(1989年)はスウェーデンのストックホルムやヴィスビュー(ゴトランド島),『もののけ姫』(1997年)は屋久島などがモデルとなったといった情報が見られる。

 

余談になるが,押井守監督のアニメ映画の傑作『うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー』が公開されたのも同じ年だった。

 

ヘロドトス

ヘロドトスの遺した史書『歴史(Historiai)』 (全9巻)は,各地の地理や歴史を実証的に記したものとされている。

 

東京都庁

東京都庁は1990年に現在の新宿に移転した。それ以前の都庁舎は丸の内にあった。旧都庁舎が完成したのは1957年だった。旧都庁舎の設計したのは,現都庁舎と同じ,丹下健三だった。

 

ノートルダム大聖堂

13世紀に現在の姿に至った。

 

ミラノ大聖堂

1386年に起工,19世紀なかばに完成。

 

エッフェル塔

設計者は構造家のエッフェル(1832-1923年)。

第1話 古代エジプトの空間

年表

紀元前3000年ごろから紀元前300ごろにかけて,アフリカ大陸北東部のナイル川流域で古代エジプト文明が栄えた。建築の歴史の最初のページを飾るピラミッド群や神殿が,その時代に建てられた古代エジプト建築として現存する。

ピラミッドの他,古代エジプトの神殿も巨大な柱や巨像をもつ重量感のある建築であり,古代エジプトの建築は量塊的なスケールをもつ。

多くの映画に描かれているピラミッドは圧倒的な存在感をもつ。ピラミッドが何のために建てられたか,どのように建てられたかについては諸説があって,真実は明らかではない。だからこそ,さまざまな想像が人々を魅了する。

本章では,映画に描かれた古代エジプト時代のピラミッドや神殿の姿を確認しながら,古代の空間を眺めていく。

1-1. ピラミッド

エジプト

エジプトの首都カイロの近郊の町=ギザに,クフ王,カフラー王,メンカフラー王の3つのピラミッドが建つ。有名なギザの三大ピラミッドである。

ピラミッドが建てられたのは紀元前2500年頃。最古のクフ王のものが最大で,その大きさは,底面の各辺が230メートル,高さは146メートル。カフラー王のピラミッドは底辺が215メートル,高さが144メートル。メンカウラー王のピラミッドはやや小さく,底辺が108メートル,高さは67メートルとされる。これらのピラミッドの底面はほぼ正確に正四角形を構成し,各辺の配置は方位に一致する。ギザのピラミッドは,単に3つのピラミッドが並ぶというだけのものではなく,葬祭神殿,河岸神殿,スフィンクス,王妃の小ピラミッド,王族・高官のマスタバ墳などを含めた複合的な建築群である。

ギザのピラミッド

ピラミッド(写真)の形態は単純ではあるが,石積みによる巨大建築としては,他にはありえないと思える決定的なカタチである。漠然と広がる広大な砂漠との対比として姿の他,ギザの町の背景としての姿など,ピラミッドはさまざまな表情を見せる。表面に残る石が積まれた痕跡も見るものを圧倒する。建設にはどれほどのエネルギーが費やされたのだろうか? ピラミッドには,これほどの建築をつくらなければいけなかった当時の世界観と,これからも永遠に存在し続けるであろうポテンシャルが封じ込められている。

スフィンクス

ピラミッドは多くの映画に登場する。

ピラミッドのシーンが印象的だった映画に,モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンが共演した『最高の人生の見つけ方』(2007年,ロブ・ライナー監督)がある。

余命の宣告を受けた2人が,棺おけに入る前にやっておきたいことを記した棺おけリスト(映画の原題である「The Bucket List」)を実行する。そのリストの中に「ピラミッドを見る」という項目があり,2人は[0:58:47]〜[1:03:36]のシーンでピラミッドに登る。棺おけリストには,他に「荘厳な景色を見る」という項目もあり,それはエベレストを想定したものなのだが,大富豪のエドワード(ジャック・ニコルソン)は「これほど荘厳な眺めはない」と述べている。

瞬間移動が可能という超能力をもった高校生=デヴィッドを主人公とする映画『ジャンパー』(2008年,ダグ・リーマン監督)は,デヴィッドが「つまり僕は/今 世界の頂点にいる」というセリフを吐くギザのピラミッドのシーンから始まる。瞬間移動という超自然現象が実際に存在するはずはないが,映画ならば瞬間移動を描くことが出来る。自由に瞬間移動を行うデヴィッドの行き先は,誰もが知る壮大な風景であることが望ましいのであろうから,ギザのピラミッドはぴったりの行き先だろう。

『ジャンパー』では[0:17:16]〜[0:17:43]の短いシーンでも,デヴィッドがスフィンクスの頭上でハンバーガーを食べる様が描かれる。空撮によるこのシーンで最初に大写しになるのはハンバーガーを食べているデヴィッド。その後,カメラは徐々にデヴィッドから遠ざかり,スフィンクスの頭を映し出す。観客はデヴィッドがギザにいることを理解すると,スクリーンにはピラミッドとその周辺が広がり,ピラミッドの手前に広がるギザの町も映っていく。

1-2. 007の大冒険(カイロ,ルクソール,アスワン)

前章(プロローグの「0-3. 配列空間型の映画」)において,「007シリーズはシーンの積み重ねによって物語が構成される典型的な映画」であり,「それぞれのシーンの役割を明確にするために次々に場所が変化し,そして,それぞれのシーンには特徴的な空間が背景として描かれる」と述べた。空間の特徴をよく表現している映画として007シリーズは興味深いと思えるので,このホームページでは,いくつかの007シリーズ映画を紹介している。

表1-1に2008年までに公開された007シリーズのリストを示す。この表には,映画に登場する世界遺産をリストアップしている。世界遺産は後世に伝えるべき遺産としてユネスコが認定した文化・自然として,特徴のある空間をもっている。世界遺産だけが特徴のある空間だとは限らないので,リストアップした他にも注目するべき空間は少なくないのだが,こんなリストも一興であろう。

表1-1 007シリーズ
No.
映画名
制作
ジェームズ・ボンド役
登場する世界遺産
1
ドクター・ノオ 1962 ショーン・コネリー  
2
ロシアより愛をこめて 1963 ベネツィア,イスタンブール
3
ゴールドフィンガー 1964 ロンドン(テームズ川)
4
サンダーボール作戦 1965  
5
007は二度死ぬ 1967 姫路城
6
女王陛下の007 1969 ジョージ・レイゼンビー  
7
ダイヤモンドは永遠に 1971 ショーン・コネリー  
8
死ぬのは奴らだ 1973 ロジャー・ムーア  
9
黄金銃を持つ男 1974  
10
私を愛したスパイ 1977 カイロ,ギザ,ルクソール,アブシンベル
11
ムーンレイカー 1979 ベネツィア
12
ユア・アイズ・オンリー 1981 メテオラ
13
オクトパシー 1983 タジマハール
14
美しき獲物たち 1985 パリ(セーヌ川)
15
リビング・デイライツ 1987 ティモシー・ダルトン ウィーン(シェーンブルン宮殿)
16
消されたライセンス 1989  
17
ゴールデンアイ 1995 ピアース・ブロスナン サンクトペテルブルグ
18
トゥモロー・ネバー・ダイ 1997 ベトナム(ハーロン湾)
19
ワールド・イズ・ノット・イナフ 1999 ロンドン(テームズ川)
20
ダイ・アナザー・デイ 2002  
21
カジノ・ロワイヤル 2006 ダニエル・クレイグ ベネツィア
22
慰めの報酬 2008 シエナ
番外編
ネバーセイ・ネバーアゲイン 1983 ショーン・コネリー  
パロディ
カジノ・ロワイヤル 1967    

 

エジプトを舞台とした007シリーズが,前章(プロローグ)でも触れた『007/私を愛したスパイ』(1977年)である。この映画には,カイロの街並みや住宅,ギザのピラミッド,ルクソールのカルナック神殿,アブシンベル神殿などが登場する。また,砂漠やナイル川も登場する。

スルタン・ハッサン・モスク ムハンマド・アリ・モスク,スルタン・ハサン・モスク

スルタン・ハッサン・モスク(中庭) ムハンマド・アリ・モスク,スルタン・ハサン・モスク

前章(プロローグ)の表0-1に『007/私を愛したスパイ』のタイムテーブルを示している。「0:23:07」よりカイロでのアクションシーンが展開する。エジプトの首都カイロは,中世以降にイスラムの都市として発展した。「0:23:07」はカイロの街並みの遠景ショットから始まる。カイロの街の風景はモスクのミナレット(尖塔)が特徴的である。カイロには,ムハンマド・アリ・モスク,スルタン・ハサン・モスク(写真)などの多くのモスクや宮殿が建つ。

ジェームズ・ボンドは失踪した原子力潜水艦の手がかりを求めてカイロを訪れる。ボンドは,わざわざモスクの中庭を抜けるという実際にはありえない映画的なルートを経て,とある住宅に向かう。イスラムの住宅はパティオ(中庭)とそこに面する格子窓によって表れる光の文様が特徴的な建築である。ちょい役のボンドガールとのありえないラブシーンは格子窓から覗き見られ,ボンドはその窓から狙撃される。そして,屋上での格闘シーンが展開する。住宅にパティオや屋上があるのは,日本の伝統的な住宅とは異なる文化の姿だ。

カイロの姿は,中世以降のイスラム都市のものであり,古代エジプトの引用ではない。しかし,ここから次の手がかりがピラミッドにあるという話が展開し,映画は古代エジプトの世界に突入する。

「0:27:19」からのシーンには,ギザのピラミッドのサウンド&ライトショー(観光用の光と音のショー)が描かれる。ボンドが,最重要人物であるボンドガール=KGB(ソビエト国家保安委員会)のアマソヴァ少佐と出会うのがこのシーンである。ピラミッドのサウンド&ライトショーには,ボンドガールだけではなく,リチャード・キールが演じた宿敵=ジョーズも初登場する。重要人物がなぜかわざわざピラミッドに集結し,わざわざ観光客用のサウンド&ライトショーを背景にしてアクションを演じるのは実に映画的なのだが,ピラミッドと音と光を背景にするからこそ映画はおもしろい。

ピラミッドのシーンの後,映画は,カイロのナイトクラブ(ここでもパティオや格子窓が描かれる)にシーンを経て,古代都市ルクソールのカルナック神殿,砂漠とナイル川,そして,アブシンベル神殿のシーンへと続く。

ナイトクラブでマイクロフィルムを手に入れたジョーズはボンドとアマソヴァを引き連れてカルナック神殿へ向かう。カルナック神殿(アムン大神殿)は,かつてテーベと呼ばれた古都ルクソールに建つ神殿の一つである。テーベは第11王朝時代(紀元前2130年頃)以降に古代エジプトの王都として栄えた都市である。

『私を愛したスパイ』のカルナック神殿のシーンは,よくエジプト当局が撮影を許可したなあと思える展開なのだが,まずは,122本の円柱のある多大列柱室において派手なアクションが始まる(列柱室の中央の柱は高さ23m,直径5m)。その後には,修復工事の現場が格闘で崩壊し,ボンドは「さすがエジプト建築」っていうギャグを発する。

その後の砂漠のシーンでは『アラビアのロレンス』(1962年)の音楽が流れる。ナイル川のシーンは美しくロマンティックであるが,ロマンスの後には裏切りが待ち構えている。ソビエトのスパイ=アマソヴァに手痛い一撃を受けたボンドはアブ・シンベル神殿に向かう。アブ・シンベル神殿はエジプトの最南端付近,ナイル川中流のアスワンの南方約280kmに建つ神殿である。

ルクソールからカイロに向かったはずのボンドが反対方向(カイロはルクソールの北。アブシンベル神殿はルクソールの南)に現れるのは変ではあるが,どうしてここでアブ・シンベル神殿が登場するのかと思って映画を見ていると,驚くべきことに,アブ・シンベル神殿がMI6(イギリス情報部)の秘密基地という設定になっている。しかし,このプロットは,実はアブシンベル神殿の歴史をよく物語っている。

入口に高さ約20mの4体のラムセス2世像が並ぶアブ・シンベル神殿は,ラムセス2世がこの地方(ヌピア地方)に建設した7つの神殿のうちの2つの神殿からなる遺跡である。しかし,現存するアブ・シンベル神殿はオリジナルではない。アブ・シンベル神殿は,アスワンハイダム(1970年)の建設により水没の危機に瀕したために,60m高い山上に移築された遺跡だからである。

現在のアブ・シンベル神殿は1964年頃に移設されたものなので,その時に「イギリスがMI6の秘密基地を組み込んでいたということもありえなくはない」などと想像すると,映画のプロットには説得力がある。

『私を愛したスパイ』では,世界遺産であるカルナック神殿やアブ・シンベル神殿の歴史や文化的価値についてはいっさい触れられていない。それどころか,映画はカルナック神殿を破壊し,アブ・シンベル神殿を秘密基地に改造してしまっている。もちろん,崩壊したり改造されているのは映画のセットに違いなく,実際に世界遺産が破壊されているはずはない。それでも,映画は遺産を遺産としてではなく,おもちゃのように扱っている。その表現が適切かどうかについて,ここで多少の考察をしておきたい。

 

各国の文化財や自然を守る活動をしてきたユネスコは,1972年に「世界遺産条約」(正式名称は「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)を採択しているが,そのきっかけは1959年に浮上したアスワンハイダムの建設により,ヌビア遺跡群が水没の危機に瀕したことにあった(世界遺産年報2007,日経ナショナル・ジオグラフィック社,p.52)。そして,アブ・シンベル神殿の移設にはユネスコが多大な役割を果たした。

世界遺産条約の目的は世界遺産の保護にあるが,その目的は単純に達成できるものではない。保護とは何か,どのように保護するか,保護するのに必要となる資金をどのように確保するかなど,問題は複雑である。理屈の上では,豊富な資金を使って何者をも近づけないように遺産を凍結してしまうことが完全な物理的保護の形式であるといえるが,世界遺産条約はそんな凍結保存を目的としてはいない。実体の保存だけではなく,その価値を意識として伝えていくことが意識されているからだ。

遺産の保護は文化財や自然は物理的な実体であるから,世界の人々が実物を見られることは何よりも重要であろう。人々が実物を訪れ,その価値を理解するためには観光という手段も重要となる。しかし,保存と観光は相反することが多い。観光が破壊を促進することがあるからだ。また,世界遺産にはそれを保護する仕組みの実現も求められている。そこに世界遺産の難しさがあるが,保存と観光を両立させ,保護を成立させるための資金をも生み出していくような総合的な遺産の活用が重要となる。遺産をどのように活用していくかが課題なのである。

007映画が世界遺産の保護に貢献しているとは考えにくいかもしれない。しかし,『私を愛したスパイ』がピラミッド,カルナック神殿,アブシンベル神殿の実体を映像化し,その特徴を表現していることは指摘できる。何よりも,映画の作り手たちが,ピラミッド,カルナック神殿,アブ・シンベル神殿の姿を知らなければ,映画に描こうとも思わなかったはずだ。

歴史を知ることは重要ではあると思うが,歴史を超えて,その実体の特徴を表現することにも意義はあるはずだ。歴史的遺産の特徴を映画から読み取ってみることにも意味はあると考えていいだろうと思う。

 

『私を愛したスパイ』以外にもピラミッドが登場する映画は多い。先にタイムテーブルを示した『ナイル殺人事件』(1978年)もその一つである。

映画『ナイル殺人事件』は,名探偵エルキュール・ポワロが登場するアガサ・クリスティの推理小説が映画化されたもの(ピーター・ユスティノフがポワロを演じている)。殺人の舞台はナイル川を行くクルーズ船。殺されるのは新婚旅行中の富豪。船には,偶然のようで偶然でもなく,いわくつきの人たちが乗り合わせる。限定された空間の中で事件が起こり,犯人も限定されている。動機のありそうな人物はいっぱいいるが,しかし,一見,誰もが犯人になり得ない。

今では類似したストーリーがなきにしもあらずなので,推理小説ファンならば犯人の想像がつくこともあるかもしれない。しかし,類似したストーリーを知らない人はこの物語のトリックに驚愕すると思う。不可能な事象も実は説明可能だという展開はまるで手品の種明かしのようだ。

「0:10:07」からのピラミッドのシーンでは,ピラミッドへの登頂が描かれている。今ではピラミッドの頂きを登るなんてことはできなくなっているはずだが,以前にはそれができていたようだ。『ナイル殺人事件』を見ると,ピラミッドの頂きはけっしてなめらかではなく,ゴツゴツとした巨石が積み重なっていることがよくわかる。そして,「0:40:12」からはカルナック神殿,「0:49:44」からはアブ・シンベル神殿が登場する。「0:14:43」からのシーンの舞台となるホテルは,アスワンの町に建つソフィテル・オールド・カタラクト・ホテルである。

 

階段ピラミッド

他に,エジプトの観光名所満載なサスペンス映画に『スフィンクス』(1980年,フランクリン・J・シャフナー監督)がある。第19王朝ファラオのセティ1世(在位BC1318~04)の墓の盗掘をめぐって,ブラック・マーケットの犯罪に巻き込まれる考古学者の物語である。

この映画には,ギザのピラミッドの他,サッカーラにある第3王朝(BC2686~2613年頃)のファラオ=ジョセル王の階段ピラミッド写真)も登場する。また,物語の後半はルクソールで展開する。

ピラミッドは,現在,80基あまりが見つかっているといわれており,カイロ近郊のピラミッド地帯が『メンフィスとその墓地遺跡/ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯』という名称で世界遺産に登録されている。ギザのピラミッドについては先に述べた通りであるが,ギザにクフ王,カフラー王,メンカフラー王の三大ピラミッドがつくられたのは第4王朝期(紀元前2613年頃~2494年頃)。それ以前の第1〜第2王朝期のピラミッドはマスタバ(地下の墓室の上に長方形平面の台状の地上部分が日干し煉瓦などでつくられた建造物),第3王朝期にはマスタバを積重ねた階段ピラミッドであった。サッカーラのジョセル王の階段ピラミッドはその好例である。

 

映画としては,1955年にハワード・ホークスが監督・製作をした『ピラミッド』が,ピラミッドが何であったかの一つの説明になっている。

映画『ピラミッド』では,クフ王と思われるファラオ(王)が,セカンドライフ(来世)のためにピラミッドを奴隷を使って建設する。ファラオと一緒に眠る財宝を盗賊から守らなければならないことがピラミッドに求められた最大の役割であり,そのために建築家が知恵を絞る。石の重さと砂を利用した財宝の密閉方法には,少なくとも映画的には大いに説得力がある。ピラミッドの巨大さは石の重みによって財宝を密閉するための必然と考えてみるのも一興であろう(それだけが理由とは思えないが…)。

「0:29:27」からなどのシーンに,ピラミッド工事の担い手としては奴隷が描かれている。本当に奴隷が工事の担い手であったかどうかについては諸説があり,強制労働ではなかったという説もある。『ピラミッド』の建築家も奴隷の一人ではあるが,専門知識による支援を要請されるという意味では,単純労働を強いられる奴隷とはいささか立場が異なる。

為政者が庶民を必要としたのか庶民が為政者を必要としたのか,どちらにしても,ピラミッドの建設に為政者と庶民の両者が関わっていたことは確かだろう。映画の中でも来世のために現世を生きる宗教観が描かれていたが,そんな宗教観が為政者と庶民の間で共有され,為政者にとってだけではなく,庶民にとってもピラミッドは偉大な存在だったと思える。

それにしても,事実として,ピラミッドは今日に至るまで存在し続けている。その意味では,ファラオの魂は確実に来世(現代)にまで生きながらえている。すなわち,ピラミッドがあればこそ,ファラオの伝説も言い伝えられている。工事の困難さは計り知れないが,困難を乗り越えたからこそ伝説が生まれたのは確かで,その記録こそがピラミッドだと思う。

1-2. ラムセス2世とクレオパトラ(アレキサンドリア)

古代エジプトを描いた時代劇映画の一つに『十戒』がある。『十戒』は1957年に製作されたシル・B・デミル監督作品。この映画は1923年に製作された同監督の『十誡』のリメイクである。

『十戒』は,旧約聖書におけるヘブライ人の救世主モーゼを主人公とした物語で,紀元前1200〜1300年頃のお話。モーゼを演じたのはチャールトン・ヘストン。ユル・ブリンナーが演じたラムセスは,カルナック神殿やアブ・シンベル神殿を建設したとされるラムセス2世であろう10(カルナック神殿とアブ・シンベル神殿については次節で後述する)。『十戒』と同じ話は,アニメーション映画『プリンス・オブ・エジプト』(1998年,ブレンダ・チャップマン,スティヴ・ヒックナー,サイモン・ウェルズ共同監督)にも描かれている。この映画にも奴隷を使った建設場面が登場する。

ラムセス2世は古代エジプト第19王朝3代目の王(在位BC1304~BC1237年)。ラムセス2世の時代はピラミッド時代から1000年以上を経ている。エジプトのピラミッド時代の王都はメンフィスであったが,第11王朝時代(紀元前2130年頃)にテーベに遷都される。ラムセス2世は新しく王都=ペル・ラメセスを建設するが,その後もテーベは反映を続ける。『十戒』はピラミッド時代とは異なるそんな時代の物語であり,ピラミッドそのものは登場しないが,スフィンクスなどの巨像をはじめとする古代エジプト的な建築を見ることはできる。

映画では,ラムセスと兄弟として育てられたヘブライ人の捨て子=モーゼスが,奴隷として虐げられるヘブライ人を救おうとして,ファラオとなるラムセスと対立する。後半では,有名な,海が真っ二つに割れて道が開ける奇跡が描かれる。モーゼに率いられたヘブライ人はエジプトを脱出するが,紅海(アフリカ大陸とアラビア半島に挟まれた海)の岸壁でラムセスが率いるエジプト軍に追い詰められるが,そこで奇跡が起こり,ヘブライ人は逃げ延びる。非科学的な奇跡が事実であるとは思えないが,映画は奇跡を交えてヘブライ人の歴史を描いている。

 

『クレオパトラ』(1963年,ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督)は,ジュリアス・シーザー(BC100-BC44),クレオパトラ7世(BC69-BC30),マーク・アントニー(BC82頃-BC30)が登場する古代エジプト時代の末期の物語。この映画は,終焉に向かうエジプト時代を描いた映画で,ローマ帝国の時代が同時進行するのだが,映画の前半(「1:16:46」あたりでシーザーがエジプトを去るまで)の舞台はエジプトのアレキサンドリアである(後半はエジプトとローマ帝国の両者を行き交う)。

クレオパトラはエジプト人ではなくギリシャ人であり,古代エジプト王朝のファラオではなくアレキサンダー3世(アレキサンダー大王)がエジプトを征服して以降のプトレマイオス朝のファラオである。しかし,エジプトを守ろうとするクレオパトラは,まぎれもなく誇り高きエジプトのファラオ。クレオパトラはローマ帝国に敗れ自殺に追い込まれる。そんな時代を背景として,クレオパトラとシーザー,あるいは,クレオパトラとアントニーの愛を描いたのが映画『クレオパトラ』である。

アレキサンドリアはエジプト北部の地中海に面する港湾都市。アレキサンダー大王がエジプト遠征の際,紀元前331年に建設した町である。アレキサンドリアはプトレマイオス朝の王都として反映する。ミュージアム(美術館)の語源といわれるムセイオンや古代世界最大の規模を誇ったとされるアレキサンドリア図書館の建設が伝えられている(いずれも現存しない)。また,「古代の七不思議」に数えられるファロスの灯台(アレキサンドリアの灯台)もここにあった。ファロスの灯台は,紀元前279年頃に建設されたとされる高さ約110mの大灯台であるが,1326年に倒壊している。

『クレオパトラ』には,アレキサンドリアといくつかのローマ帝国の町や戦場が登場するが,エジプトとローマの違いが映画によく表れている,というより,違いが表れるように映画がつくられている。オベリスク(記念碑)やスフィンクスや巨像や壁画が,そして,レースや黄金がエジプトのモチーフとして効果的に使われてもいる。

劇中,クレオパトラはローマに2度現れる。シーザーに会うためにスフィンクスに乗ってローマに登場する第1のシーンも,船に乗ってタルソス(現在のトルコのタルスス)に登場する第2のシーンも,クレオパトラを演じたエリザベス・テーラーの美しさが際だつ圧巻の展開である。史実がどうであったのかはわからないが,映画からは,ローマよりエジプトの方がワンランク上のゴージャスな文化であるという印象を受ける(それは男たちよりも女性の方が美しいという普遍的真理の表れなのかもしれない)。

それにしても,人工的に整備されたローマの建築・都市は,建築・都市として完結したおり,背景に自然があることをイメージし難しい。一方,エジプトの建築・都市の背景にはナイルや砂漠の自然がよく似合う。アレキサンドリアの背景にも海がよく似合う。ピラミッドやスフィンクスの壮大さは自然に対峙するスケール感をもっている。

 

ガラスのピラミッド(内部)

パリ(フランス)にあるルーブル美術館の入り口には強化ガラスでつくられたピラミッドがある(写真)。『ダ・ヴィンチ・コード』(2006年)に,そのピラミッドがルーブル美術館とともに登場する。

ルーブル美術館はパリのセーヌ河岸にあるフランス国立美術館で,世界遺産「パリのセーヌ河岸」に含まれる。1546年に着工されたフランス国王の宮殿=ルーブル宮をベースとした世界有数の美術館である。1989年には,美術館の入口として,建築家=I・M・ペイの設計によるガラスのピラミッドが増築された(写真)。古代エジプトのピラミッドの内部を使うことができたのはファラオだけだったのだろうが,今日のピラミッドの内部は多くの人が行き交う空間となった。すなわち,今日の建築は外形の形象だけではなく,内部空間をもつようになった。

『ダ・ヴィンチ・コード』は,キリスト教の歴史に対するある解釈をストーリーとするミステリーである。原作者=ダン・ブラウンの語る謎解きは奇想天外であるが,残された事物から歴史を読み取っていく展開は大変におもしろい。『ダ・ヴィンチ・コード』では,このガラスのピラミッドがあ4役割を果たす。小説や映画の描く想像の世界は,ありえない世界ではあるのだろうが,あったらおもしろいと思える世界である。古代エジプトは,キリスト教が誕生するよりはるか以前の時代であるが,時空を超えて,ピラミッドの形象が人間の想像力を喚起させているのだと思う。

1-4. 古代エジプト建築と量塊的建築のビミョーな関係

ルクソール

ギャンブルの町,ラスベガス(アメリカ)のストリップ(大通り)には,よく目立つ形態の高級ホテル&カジノがいくつも建ち並ぶ。エッフェル塔の建つ「パリス」,自由の女神とマンハッタンの摩天楼のカタチをした「ニューヨーク・ニューヨーク」,ヴェネツィア(イタリア)のリアルト橋とサン・マルコ広場の大鐘楼が再現された「ヴェネチアン」などなど。この町は,シンボルとしての建築の形態が自己主張であることを明確に物語っている。ストリップには実物大のピラミッドも建っている。「ルクソール」という名のホテルがそれである(写真)。ピラミッドは5000年を経た今でさえ,いや,今だからこそ,シンボルとしての意味をもち続けている。

『フィフス・エレメント』(1997年,リュック・ベッソン監督)は,23世紀の宇宙を描いたSF映画であるが,オープニングは,1914年のエジプトにおけるピラミッドの発掘シーンから始まる。そして,古代ピラミッドに,風・土・火・水という宇宙を形成する4要素に対する5番目の要素(フィフス・エレメント)が隠されているというストーリーが展開する。

危機に瀕した宇宙を救うエレメントの隠し場所がピラミッドであることに説得力があるのかどうかよくわからないが,『フィフス・エレメント』に限らず,映画には,古代にあった何かが時空を超えて現代(あるいは未来)に影響を与えるという物語のプロットがありがちだ。マミー(ミイラ)が現代に蘇る『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』(2001年)にも同様のプロットが用いられている。あるいは,『エイリアン VS プレデター』(2004年)でも異星人同士の戦いの舞台は架空のピラミッドだ。

『スターゲイト』(1994年,ローランド・エメリッヒ監督)では,地球にエジプト文明をもたらしたのは宇宙人だったという奇想天外なストーリーの映画である。地球上のピラミッドから物質移動装置=スターゲイトが発見され,その装置を使って,ジェームズ・スペイダー演ずる科学者やカート・ラッセル演ずる軍人が宇宙に移動する。移動した先には,地球から連れ去ったエジプト人を奴隷とする支配者が君臨していたといった物語が展開する。ピラミッドは宇宙船だし,その他いろいろな古代エジプトの遺物が空想科学と結びついて,映画ならではのビックリ兵器が登場したりする。

映像によりあり得ないものをつくり出すことができるのが映画の技術である。現在のCG技術をもってすれば,どんなものでも映像化できそうに思えるが,映画に見たことのないまったくの新しいものが登場することはほとんどない。むしろ,『スターゲイト』のように,すでにあるもの(古代エジプトの遺物)が別の何か(宇宙船や兵器など)に変形されて描かれるパターンが多い。砂漠に出現したラスベガスの町も歴史の変形だ。

 

宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』が公開され,世界が宮崎駿の想像力とアニメ映画の表現力に驚愕したのは1984年のことだった。

『風の谷のナウシカ』は「巨大産業文明が崩壊してから1000年/錆とセラミック片におおわれた荒れた大地に/くさった海…腐海(ふかい)と呼ばれる有毒の瘴気を発する菌類の森がひろがり/衰退した人間の存在をおびやかしていた」という説明から始まる。したがって『風の谷のナウシカ』が描く世界は今日よりはるか先の未来である。しかし,どんなSF映画もそうであるように,この映画もまた,現在あるいは過去とのアナロジーをもっている。世界を焼き払った「火の7日間」は核戦争のように思えるし(世界を焼き払ったという「巨神兵」はまるで核兵器のようだ),トルメキアとペジテという国同士の争いはかつての世界大戦のように思える。
 そして,『風の谷のナウシカ』が描いた,逆境にあろうとも自然とともに生きようとする主人公=ナウシカと,武器によって自然を支配しようとする他者との対立は,時代を超えた普遍的な問題であろう。自然のバランスへの敬意は宮崎映画に共通するテーマである。

紀元前5世紀のギリシアの歴史家ヘロドトスは「エジプトはナイル川の賜物」という言葉を遺した。ナイル川は洪水により肥沃な土壌を下流に運んだとされている。ナイルが増水し,氾濫しなければ古代エジプト文明は育たなかった。

人間は自然の一部であるから,自然との共存なしには生きられない。現代は科学によってある程度は自然をコントロールできる時代になっているのかもしれないが,自然をどこまでコントロールできるかは難しい問題であろう。古代エジプト時代にも,自然の動きをなんとか読み取り,すなわち自然との何らかの交信を計り,自然との共存を願っていただろうと思う。そこに必要だった秩序がどのようなものであったのかをめぐる詳細な歴史の検証はさておき,私たちの目の前には,ピラミッドやスフィンクスが建っているという事実がある。

『風の谷のナウシカ』では,巨神兵や「王蟲(おうむ)」と呼ばれる巨大生物が,砂漠のような「荒れた大地」で激突する。その巨神兵,あるいは,王蟲の大きさはどれくらいだろうか? ギザの砂漠に建つ三大ピラミッドは,人間の頭とライオンの胴体をもつ怪物=スフィンクスに守られている。ギザのスフィンクスの長さは73.5メートル,高さは20メートルであるという。巨神兵あるいは王蟲の大きさは,ピラミッドあるいはスフィンクスの大きさに近いのではないだろうか? それくらいのスケールがないと,広大な砂漠のにおいての存在感が感じられないからだ。また,『風の谷のナウシカ』のクライマックスには砂漠を走る王蟲の群れが描かれるが,その姿はまるで氾濫するナイル川のように見える。ピラミッドやスフィンクス,あるいは,巨神兵や王蟲の大きさは自然のスケールに呼応するものだと思える。自然との交信にはある程度の大きさが必要だ。

 

古代エジプト建築の象徴であるピラミッドの大きさは空間の概念に何をもたらしたであろうか? 『風の谷のナウシカ』の巨神兵や王蟲とは別の例として,日本が誇る2大怪獣,ゴジラとガメラについて触れてみたい。

悪役怪獣の代表といえるゴジラの歴史は,1954年(昭和29年)に製作された『ゴジラ』(本多猪四郎監督)から始まる。昭和時代には,1975年(昭和50年)の「メカゴジラの逆襲』(本多猪四郎監督)までに13本が製作された。その後,平成版のゴジラシリーズとして,1989年の『ゴジラ VS ビオランテ』(大森一樹監督)以降,『ゴジラ VS キングギドラ』(1991年),『ゴジラ VS モスラ』(1992),『ゴジラ VS メカゴジラ』 (1993年),『ゴジラ VS スペースゴジラ』(1994年),『ゴジラ VS デストロイア』(1995年)が続き,1998年にはアメリカ版ゴジラとして『GODZILLA/ゴジラ』(ローランド・エメリッヒ監督)が製作された。そしてその後も,ゴジラシリーズはつくられ続けている。

ゴジラは,日本の名建築をことごとく破壊してきた。『ゴジラ VS キングギドラ』のクライマックスシーンは新宿が舞台となり,東京都庁(丹下健三設計)の前での闘いが繰り広げられた。傷ついたのはゴジラやキングギドラというよりは都庁の方だ。いや,傷つくというより都庁は完全に破壊される。今日の新宿都庁が竣工したのは1990年で,キングギドラが新宿に現れる1年前のことである。すなわち,ゴジラはいつも話題の建築に目をつけて破壊し続けてきた。

東京都庁の高さは,一番高い第一本庁舎が約240メートルである。ゴジラの身長は都庁よりもかなり低く,お隣の30階建て,高さ約130メートルのNSビル(設計は日建設計,1982年竣工)よりも低いから,80メートルくらいであろうか? 原爆実験から生まれたゴジラは放射能によって成長するらしいので,ゴジラの身長は可変だそうだ。実際,映画によって身長の設定は変化している。ゴジラの身長は放射能によって変化するというより,背景となる建物の大きさに合わせて臨機応変に設定されているのかもしれない。それにしても,ゴジラのスケールは,人間よりもはるかに大きく,一般的な超高層ビルよりはやや小さいという感じである。

 

一方,正義の味方であるガメラの歴史は,1965年に製作された『大怪獣ガメラ』(湯浅憲明監督)から始まる。平成版ガメラとしては,金子修介監督の演出により,『ガメラ/大怪獣空中決戦』(1995年),『ガメラ2/レギオン襲来』(1996年),『GAMERA3/邪神〈イリス〉覚醒』(1999年)が製作されている。

平成ガメラ3部作の特撮(特撮監督=樋口真嗣の演出)はなかなかのものだった。怪獣を巨大なビル群を背景とするのではなく,住宅規模の日常的な街並みの向こうに描いた映像は新鮮だった(その他の日本映画独特の特撮も見事だった)。特に,『GAMERA3/邪神〈イリス〉覚醒』は,巨大な怪獣が暴れた時に足下の人間に何が起こったのかに注目したテーマ性の強い映画になっていた。クライマックス・シーンでは,ガメラとイリスが京都駅で闘う。京都駅の前でではなく,怪獣映画としてはおそらく珍しいことに闘いは建物の内部で行われた。

1997年に竣工した京都駅ビル(原広司設計)は地上16階,60メートルの高さをもつ。内部には巨大な吹抜があるが,その吹抜部分でガメラとイシスは闘う。ガメラの頭はほぼ天井に使えそうな感じだから,ガメラの想定身長は約60メートルということになる。四つ足のガメラは基本的に前傾姿勢を保っているから,まっすぐに背伸びすれば,身長は60メートルを超えるだろう。

 

先に述べた通り,ギザの三大ピラミッドのうちもっとも大きなピラミッドはクフ王のもので,高さは140メートル余り,正方形平面の1辺の長さは230メートルほどである。また,三大ピラミッドの中ではもっとも小さいメンカフラー王のピラミッドの高さは66メートルといわれている。

ノートルダム大聖堂

ミラノ大聖堂

ピラミッド時代から3000年以上を経た中世には100メートルを超える高さの聖堂(教会)が数多く建てられた。たとえば,フランス・パリのシテ島に建つノートルダム大聖堂写真左)は,全長130メートル,幅48メートル,尖塔の高さ69メートル。また,イタリア・ミラノにあるミラノ大聖堂写真右)は,全長148メートル,正面の幅61.5メートル,尖塔の高さ108メートルとされている。しかし,これらの大きさは,クフ王のピラミッドには及んでいない。

エッフェル塔

ペトロナス・ツイン・タワー

建築の高さがピラミッドを大きく上回るのは,1889年のパリ万国博覧会の際に建設されたエッフェル塔写真左)の出現を待たなければならない。鉄骨でつくられたその高さは321メートル(アンテナを含む)である。

今日では400メートルを超える建築も珍しくはなくなった。シカゴにシアーズタワー(110階建て,443メートル)が建てられたのは1973年。マレーシア・クアラルンプールに,88階建て,452メートルのペトロナスツインタワー写真右)が建ったのは1998年である。

これらの超高層建築の建設が可能になったのは,もちろん鉄骨構造の技術が進んだことが大きな要因ではあるが,構造ばかりではなく,ガラスなどの素材による外壁,エレベーター,空調,照明などの技術の発展も重要な要因である。すなわち,超高層建築は近代技術の結晶だといえる。

 

前章(プロローグ)の冒頭において映画が誕生したのは1895年だと述べた。不思議なことに,映画はエッフェル塔と同じ場所=パリで,同じ時期に誕生したことになる。すなわち,建築が5000年前に建設されたピラミッドのスケールを大きく超えることになったのは,映画と同様,ほんのここ100年ほどの出来事である。

ゴジラの身長はクフ王のピラミッドよりは低く,メンカフラー王よりは高いと思われる。もしゴジラがギザに現れたら,ピラミッドやスフィンクスとほどよくバランスのとれた絵となるだろう。映画は創作であるから,怪獣の大きさはどんなサイズにも設定可能だったはずであるが,ゴジラやガメラの大きさは,超高層建築のサイズではなく,ちょうどピラミッドのサイズに設定されていると思える。それはなぜだろうか?

『ガメラ2/レギオン襲来』のガメラは「0:29:36」にイルカと共に姿を現し,「0:31:41」に札幌で宇宙怪獣レギオンと初戦を交える。しかし,ミニレギオンの群れに血を吸われて,あえなく撤退。「0:53:46」から,仙台・霞目の自衛隊基地で第2戦。今度は大型レギオンにこっぴどくやられる。仙台はレギオン派生物の大爆発でガメラとともに大爆発。ガメラは死んだようにうずくまり動きを止めてしまう。その姿はまるでピラミッドのような塊だ。でも「ガメラは生きています。必ず復活します。だって…,ガメラはレギオンを許さないから」というのが「1:10:07」の草薙浅黄(ガメラと交信できる少女)のセリフ。壊滅した仙台…。ピラミッドと化したガメラの前では,ガメラの復活を子供たちが祈り続ける。

ピラミッドは財宝とともに眠るためのファラオの墓だったという解釈が正しいとしても,だからといって,ピラミッドがファラオだけのものとは考えられない。民衆がいてこそファラオも存在し,ピラミッドが必要とされたと考えるべきだろう。ピラミッドは形態化されたファラオであり,民衆や自然との関係において成立するものだったと思える。そして,そのためには,人間という普遍的なスケールを超えて,自然に対峙しえる一定の大きさが不可欠だったと思う。60メートルから100メートル余りといった大きさはそんな意味をもっているはずだ。

人類は5000年前にそのような量塊性を獲得し,5000年を経た今日においてなお,その量塊性は意味を持ち続けている。