映画に描かれた建築・都市

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Notes:

古代ローマ帝国

ローマ帝国の定義には諸説があるが,狭義には27〜476年までの帝政ローマを指す。初代皇帝はアウグストゥス(BC63〜14年)。ローマ帝国は395年に東西に分裂し,西ローマ帝国は476年に滅亡する。東ローマ帝国は1453年まで存続した。

中世

古代ローマ帝国が衰退・崩壊した4~5世紀頃からルネサンス以前の15世紀頃までの時代。

西欧広場

アゴラやフラムに源流をもつ西欧都市の広場は,以後の中世,ルネサンス期,バロック期を経て大きく開花した。ヨーロッパの中世は各地で都市が再興され建設された時代であり,その多くは広場を核として都市が構成されていた。中世広場のおもなものはその都市の成立を裏づけるように教会前広場,市庁舎前広場,ギルドホール前広場,市場広場であり,おのおの独立していたり併用であったりした。ミュンヘンの市場広場であるマーリエン広場やシエナの市庁舎前のカンポ広場などドイツやイタリアの中世広場がよく知られている。ルネサンス期の広場は周囲の建物に装飾を施したり,彫刻や噴水を置く一方で,広場のプランを幾何学的形状にすることによって空間の美的な秩序化を図ろうとしたものが多く,とくにイタリアで発展した。ビジェーバノの王宮前広場などがある。バロック期の広場は都市全体を美的に秩序づけようとする都市改造のなかで,重要な役割を演じた。ローマの皇帝フォラムにすでに軸線によって空間を連結する手法がうかがえるが,バロックの広場の多くは都市の空間を秩序づける直線的な街路の交差部に配されたのである。ローマではキリスト教会の頂点である教皇庁が存在する壮麗な都市をつくり出すための都市改造の一環として,ミケランジェロ,ベルリーニなどの芸術家が動員され広場を計画した。一方,パリではブルボン王朝の栄華を都市空間に示すべく,ル・ノートル,マンサールなどの計画によって整備,改造が進められた。ローマでは,カンピドリオ広場,サン・ピエトロ広場など,パリではバンドーム広場,コンコルド広場などがある。このような都市空間の秩序づけはパリではさらにオスマンの都市改造に引き継がれるとともに,イギリスやドイツはもとよりワシントンなど新大陸の首都計画にも大きな影響を与えたのである。(「世界大百科事典,日立デジタル平凡社,1998年」より)

ロマネスク

西ヨーロッパにおける11〜12世紀の芸術様式。フランスの考古学者コーモンが,1825年に表した著書の中で,ゴシック建築に先行した中世建築の様式をロマネスク建築と名づけたとされる。

ルネサンス

14〜16世紀にかけてヨーロッパ各地で起こった文化活動およびその時代。イタリアが中心的役割を果たした。ルネサンスはフランス語で,英語の「Re-New」,すなわち「再び新しい」ことを意味する。キリスト教中心の世界観に対して,キリスト教以前の古代に対する歴史観や科学に基づく世界観が表された。

バロック

西ヨーロッパにおける16世紀後半から18世紀初めまでの芸術様式。ポルトガル語の「barroco(歪んだ形の真珠)」に由来するとされる。

聖堂

キリスト教の教会の建物(教会そのものは建物を意味しない)。聖堂のうち,司教座の置かれたものを特に大聖堂と呼ぶ。大聖堂は,フランス語では「カテドラル」,イタリア語では「ドゥオモ」,ドイツ語では「ドーム」または「ミュンスター」。

ヴェネツィア

北イタリアのベネト州の州都で,アドリア海の最も奥まった所にある潟(ラグーナ Laguna)の上に形成された水の都である。英語ではベニス Veniceという。人口30万6000(1994)。この潟は,堤防のように延びるリド Lido 島によってアドリア海と隔てられ,その途中3ヵ所にある自然の水門から出入りする海水によって絶えず浄化されている。ベネチアはこのような生きた潟のデリケートな自然環境のうえに誕生し,水辺の困難な条件を克服しながら独特の都市を築き上げた。潟の中には,ほかにもトルチェロ島,ブラノ島,ムラノ島など多くの島が散在する。この町は117の小さな島々がモザイク状に集まって成立している。それらの間をリオ rio と呼ばれる約150の運河が巡っており,島相互を結ぶ橋の数は400に及ぶ。モザイクの一片にあたる各島は,本来,教区(パロッキア)に相当し(近代を迎えるまでは約70の教区があった),教区教会堂と,方言でカンポ campo と呼ばれる広場をもち,住民にとっての生活共同体となっていた。町の中心を逆S字形に大運河(カナル・グランデ)が貫き,中世からバロック時代にかけての華やかな貴族住宅や各国の商館の並ぶ幹線水路となっている。現在でも,市役所などのオフィス,大学,研究所,高級ホテルなどの主要な都市施設が並んでいる。(「世界大百科事典,日立デジタル平凡社,1998年」より)

サン・マルコ大聖堂

ヴェネツィアの大聖堂。最初の聖堂は829~832年に建立されたとされるが,976年に火災により消失している。現在の聖堂は1063年頃起工され1071年完成したもの。

サン・マルコ広場

ヴェネツィアの名所。広場には高さ約100メートルの鐘楼が建つ。この鐘楼は,もともとは16世紀に建てられたものだったが,20世紀初頭に崩壊した。現在の鐘楼は復元されたもので,エレベータで頂上へ上り,周辺を展望することができる。アメリカ・ラスベガスに「ヴェネツィアン」というホテルはあるが,そのホテルの外観はこの鐘楼を模している。

ムーンレイカー

007シリーズ第11作。地球征服を企てる航空産業の大物を敵とするスパイ活劇。『私を愛したスパイ』(1977年)に続く大作指向(大がかりなセットを使用)の一つ。舞台は宇宙にまでおよび,ジェームズ・ボンドはスペースシャトルの操縦もする。『私を愛したスパイ』で登場したジョーズ(リチャード・キールが演じた殺し屋)が大活躍をする。ヴェネツィアの他,リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル),アマゾン,イグアスの滝などでもロケがされている。リオ・デ・ジャネイロでは,奇岩として有名な「シュガーローフ・マウンテン」が舞台となる。頂上からから眺められる国内線空港の「サントス・デュモン空港」が敵の基地として登場し,ロープウェイを使ってのアクションが展開する。有名なリオ・デ・ジャネイロのカーニバルも登場する。

ジェームズ・ボンド

MI6(イギリス情報部)のスパイ。任務上必要であるならば殺人も許される「殺しのライセンス」を持っていることになっている。ロジャー・ムーアは,1973年の『死ぬのは奴らだ』から1985年の『美しき獲物たち』まで3代目ジェームズ・ボンド。

ゴンドラ

ゴンドラを貸し切ってのヴェネツィアの運河の散策がヴェネツィア観光の一つの姿となっている。東京にあるテーマパーク「ディズニーシー」にはヴェネツィアのゴンドラを模したアトラクションがある。ディズニーシーは人工の湖と運河をもつが,そのデザインは,ヴェネツィアとポルトフィーノ(イタリア北西部のリゾート地)の融合によるものだと思う。ポルトフィーノには海に面する中央広場がある。

ヨハン・シュトラウス2世

オーストリアの作曲家。1825〜1899年。「ワルツの父」と呼ばれた父ヨハンの長男で,「ワルツの王」と呼ばれる。「美しく青きドナウ」が有名。

カジノ・ロワイヤル

007シリーズ第21作。テロリストの資金源をめぐり,ボンドは天才ギャンブラーのル・シッフルと,モンテネグロのカジノでポーカーを競い合う。ボンド役がピアーズ・ブロスナンから6代目のダニエル・クレイグに若返り,ストーリーとしても若き日の(新人スパイの)ボンドが描かれている。ダニエル・クレイグは,紳士的なキャラクターであった3代目のロジャー・ムーアや5代目のピアーズ・ブロスナンとは対照的に,生傷の絶えない野性的な新しいボンドを演じている。

アンドレア・パラディオ

パラディオの建築としては,ヴィツェンツァに建つ住宅「ヴィラ・ロトンダ」や劇場「テアトロ・オリンピコ」などが有名。ヴェネツィアのイル・レデントーレ聖堂もパラディオの設計である。

サン・ジョルジョ・マジョーレ聖堂

この聖堂のファサード(正面)には,柱がペディメント(屋根の側面となる三角形の部分)を突き抜けるジャイアント・オーダーが見られる。パラディオは柱・アーチ・ペディメントなどの古典の要素を独自の構成によってファサードに表している。

サンタ・マリア・デルラ・サルーテ聖堂

1631年以降に建てられた。ヴェネツィアン・バロックと呼ばれるヴェネツィア独特のバロック様式(16世紀後半以降の様式)の建築。

ロシアより愛をこめて

東西の冷戦時代を背景に物語が展開し,東西の結束点にあるイスタンブールやヴェネツィアが舞台となっている。このシリーズ第2作によって,ショーン・コネリーが演ずる初代ジェームズ・ボンドのイメージが確立したと思う。

パラッツォ・ドゥカーレ

サン・マルコ大聖堂の南に位置するヴェネツィア総督の宮殿。14〜17世紀に建てられた建築。1階,中間階,上階のそれぞれのデザインが積層する3層構造の立面をもつ。1階部分は大きなアーチが連続し,中間階のアーチはより細やか。上階の壁は下階のアーチによって空中に持ち上げられているかのような軽快な構成になっている。ゴシック様式といわれるが,むしろヴェネツィアならではの軽快なデザイン。

リュック・ベッソン

パリ出身の映画監督,脚本家,プロデューサー。監督作品としては『グラン・ブルー』(1988年),『レオン』(1994年)などが印象的。じっくりと物語を語る一方で,派手なアクションを演出する二面性をもった映画監督だと思う。プロデュースおよび脚本作品としては『TAXi』シリーズや『トランスポーター』シリーズなどもある。

ニキータ

リュック・ベッソンの『グラン・ブルー』に続く監督第4作。

ミニミニ大作戦

2003年版は1969年の同名映画(ピーター・コリンソン監督)のリメイク。1969年版の舞台はイタリア・トリノだった。

旅情

ローマを描いた映画としては『ローマの休日』が,ヴェネツィアを描いた映画としては『旅情』を記憶にとどめる人は多いのではないかと思う。007シリーズのようなアクション映画では舞台がどこかを気にしている余裕はないのかもしれないのだが,『ローマの休日』や『旅情』では,舞台そのものが重要な役割を果たすといえる。

サンタ・ルチア駅

列車で本土からヴェネツィアに向かうと,サンタ・ルチア駅の手前に「ヴェネツィア・メストレ駅」がある。メストレ駅はヴェネツィアの本島ではなく,本土側にある駅である。よくいわれることだが,観光でヴェネツィアに向かう人は,間違ってメストレ駅で降りてはいけない。

ローマ広場

「ローマ広場」などと聞くと観光名所のようにも思えるが,なんのことはなく要するに駐車場である。他の町から観光バスでヴェネツィア入りした場合,ここでバスを降りることになる。

リアルト橋

サント・ステファーノ広場

「アカデミア橋」の近くにある広場。ジェーンが水上バスの乗車するサンタ・ルチア駅のシーンでは,ポーターはフィオリーニ荘は「アカデミア」といっているので,フィオリーニ荘の近くにサント・ステファーノ広場があるのはいいのだが,アカデミア橋とリアルト橋は離れているので,リアルト橋付近で下船というのは変である。そもそも,サンタ・ルチア駅からリアルト橋に向かう途中にサンタ・マリア・デルラ・サルーテ教会が現れるのも変である(遠回りをしたことになる)。

サン・バルナバ広場

サン・バルナバ広場に面して建つサン・バルナバ聖堂は,『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』(1989年,スティーヴン・スピルバーグ監督)で,「まぼろしの聖杯」をめぐる手掛かりが眠る図書館として使われている。インディ・ジョーンズ(ハリソン・フォード)は[0:24:50〜]にヴェネツィアに向かい,[0:26:51〜]にサン・バルナバ教会に到着する。そして,[0:36:30〜]にサン・バルナバ広場を起点とするボートチェイスのシーンが展開する。

ブラーノ島

『旅情』では,ジェーンとレナートの熟年カップルのデート場所としてブラーノ島が描かれていた。熟年の男女の恋は一つの映画的なテーマであろうと思う。クリント・イーストウッドとメリル・ストリープが共演した『マディソン郡の橋』(1995年,クリント・イーストウッド)も熟年の男女の恋物語として印象的な映画だった。『マディソン郡の橋』における橋(アメリカ・アイオワ州にある木造の屋根付き橋)も,『旅情』の橋と同じように,現実と一時の恋を繋ぎ,そして引き離すものを意味していたのではなかったかと思う。

ベニスに死す

映画にヴェネツィア本島のはサン・マルコ広場も運河も登場するが,おもな舞台はリド島のホテルである。「日本のベニス」と呼ばれる水の都=柳川(福岡県)を舞台にした映画に,福永武彦の原作を大林宣彦が映像化した『廃市』(1984年)がある。『廃止』には,滅んでいく水の町を描いている点で『ベニスに死す」との共通性があると思える。大林宣彦は,水(堀割)のある町をいつか見た虚構の空間に仕立てている。虚構であることが現実からの乖離を意味してしまうという点で『廃市』が描いた柳川の表現には違和感を感じる人がいるのかもしれない。しかし,虚構を描けるということは映画の力の一つだ。虚構の空間には水の表現がよく似合う。

フィレンツェ

イタリア中部,トスカナ州の州都。英語,フランス語では Florence(フローレンス,フローランス)。人口39万2800(1994)。かつてルネサンス文化の中心であり,今日でも旧市街は〈都市博物館〉といわれるほど多くの記念物がある。(「世界大百科事典,日立デジタル平凡社,1998年」より)

羊たちの沈黙

バッファロー・ビルによる連続猟奇殺人を追うFBI捜査官(訓練生)のクラリス・スターリング(ジョディ・フォスター)と獄中の殺人鬼=ハンニバル(人食い)・レクター博士との複雑な心理戦を軸にした物語。異常者の心理を知り尽くし,獄中にいながら殺人鬼の心理を読み解くレクター博士は,同時にクラリスの心理の深層にまで踏み込む。斬新なストーリーとレクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスの怪演もあり,物語の展開には緊張感があふれていた。

ハンニバル

レクター博士シリーズとなるトマス・ハリスの原作は,「レッド・ドラゴン」(1981年),「羊たちの沈黙」(1988年),「ハンニバル」(1999年),「ハンニバル・ライジング」(2006年)の順に発表されている。レクター博士を演じられる俳優はもはやアンソニー・ホプキンス以外に考えられないのだが,『ハンニバル』では,クラリス役は『羊たちの沈黙』のジョディ・フォスターからジュリアン・ムーアに代わり,監督もジョナサン・デミからリドリー・スコットに代わっている。『羊たちの沈黙』と『ハンニバル』はどちらも一級のサスペンス映画であるのだが,テイストはまったく異なる。なお,『レッド・ドラゴン』は1986年と2002年の2回に渡って,『ハンニバル・ライジング』は2002年に映画化されている。2002年の『レッド・ドラゴン』にはアンソニー・ホプキンスのレクター博士が登場するが,『ハンニバル・ライジング』においては,若き日のレクター博士をギャスパー・ウリエルが演じている。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

フィレンツェの大聖堂。ゴシック期の1294年に起工されたが,特徴的なドームが完成したのはルネサンス期の1420~34年頃である。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の前にはドゥオモ広場があるのだが,ドゥオモ広場は,大聖堂が大きすぎるために,周囲をバランスよく囲まれた広場的な空間ではない。フィレンツェの大聖堂は,周囲のバランスを逸脱するほどまでに特異な際だった建築である。

シニョーリア広場

広場に置かれたミケランジェロ作のダヴィデ像はコピー。オリジナルはフィレンツェ市内のアカデミア美術館にある。

ヴェッキオ宮殿

ヴェッキオ宮殿は13世紀末〜14世紀にかけて建設された当時のフィレンツェ共和国の政庁舎。現在のフィレンツェ市役所である。

シニョーリア広場を囲む建物

広場を囲む立面を6〜7ページに示した。広場を囲む立面は,壁と開口(窓や入口)が織りなすバランスによって成立していると考えられる。立面の構成を分析すると,立面には合計で350の窓があり,57の入口がある。平均値として,これらの窓の面積は3.7㎡,幅は1.4m,高さは2.6mである(高さと幅の比である細長比は2.0)。また,開口率(開口部の壁に対する比率)は22.5%である。

ウフィッツィ美術館

ウフィッツィ美術館の建物は,1580年ごろにメディチ家の宮殿・庁舎として完成したものだが,直後に3階建ての最上階がメディチ家が収集した美術品を展示する美術館になっている。そして,今日に至るまでに数多くの美術品を収集し,フィレンツェの歴史を伝える重要な美術館となっている。

サンタ・クローチェ聖堂

1294年以降に建設された,全長115m,全幅74mといわれるスケールの大きな聖堂。様式はイタリアン・ゴシック。現在のファサード(正面)は19世紀中頃に修復されたもの。

パッツィ家礼拝堂

サンタ・クローチェの聖堂の南側に建つ初期ルネサンスの代表的建築。ブルネレスキの設計により,1429年以降に建設された。ブルネレスキは,半円形アーチ,コリント式オーダー,ペンデンティブ・ボールトなどの古典的建築の要素を合理的に用い,ルネサンス建築の軽やかで新しいスタイルを獲得した。パッツィ家礼拝堂にはその特徴がよく表れている。

眺めのいい部屋

この映画は,階級制度を皮肉るアイロニックな物語のように思える一方,軽妙なコメディのようにも思える不思議なテイストをもつ。

冷静と情熱のあいだ

『ハンニバル』とはまったく異なる,観光客の視点で美しいフィレンツェが描かれた映画だと思う。

レプブリカ広場

イタリア中部,トスカナ州の州都であるフィレンツェの歴史は古代ローマ時代にさかのぼる。レプブリカ広場には「豊穣の円柱」と呼ばれる円柱が立つが,この円柱が立つ位置は古代ローマの植民都市であった古代フィレンツェの中心であるといわれている。古代ローマ人は南北と東西に延びる2本の道をつくり,その交点に円柱を立てたとされる(円柱は1431年にドナテッロの設計により再建され,その後,1956年に現在のものが立てられている)。すなわち,現在のレプブリカ広場は古代ローマ都市の中心であったフォルムのあった場所にあり,中世には市場として栄えた後に,今日の姿に至った。

フィリッポ・ブルネレスキ

1377〜1446年。ルネサンスを代表する建築家の一人。ルネサンスは,世界を神の視点ではなく,人間の視点で見ようとした精神的な革命であった。ブルネレスキは,レオン・バティスタ・アルベルティ(1404‐72年)によって理論が提示されたとされる透視図法(人間の視点で空間を描く技法)を実践的に用いた建築家であった

慰めの報酬

この映画は,今後のジェームズ・ボンドが復讐と決別し,クァンタムという新しい巨悪に立ち向かっていくという新たなスタンスを描いていたと思う。1962年に制作された第1作(ドクター・ノー)以降,ボンドの敵となるキャラクターは時代を反映して変化をしてきた。冷戦を背景とする敵もいれば,世界征服(革命)をめざす敵もいた。第22作となった『慰めの報酬』では,テロの時代ともいえる今日を背景とし,原題「Quantum of Solace」に表れる新しい組織=クァンタムが登場する。『慰めの報酬』のストーリーはやや複雑で,アクションの表現も過度の技巧的でわかりにくい面があるように思える。映画のプロットや表現には今後も変化があるのだろうと思うが,それでも,世界には,まだまだボンドの活躍にふさわしい特徴的な風景があるだろうと思う。物語は[0:17:52〜]にハイチのポルト・プランス,[0:38:07〜]にオーストリアのブレゲンツ,[0:47:59〜]にイタリアのタラモーネ,[0:52:27〜]はボリビアのラパスといった展開を見せ,ジェームズ・ボンドは,相変わらず,世界各地を駆け巡る。

シエナ

イタリア中部のトスカナ州にある。11世紀以降にコムーネ(自治体)として栄えた。旧市街地は,「シエナ歴史地区」として世界遺産に登録されている。

カンポ広場

ピュブリコ宮殿(Palazzo Pubblico。一階は現在市役所),マンジャの塔(Torre del Mangia),ガイアの噴水(Fonte Gaia),礼拝堂(Cappella di Piazza)などに囲まれる美しい構成をもつ

シエナ大聖堂

12世紀末〜14世紀末にかけて建設された。色大理石による水平の縞模様の柱・壁が特徴的。オルヴィエートの大聖堂に影響を与えたといわれる。

ベルナルド・ベルトルッチ

中国の紫禁城(故宮)を舞台とする『ラストエンペラー』(1987年),アフリカに渡ったアメリカ人夫婦を描く『シェルタリング・スカイ』(1990年)などの映画監督。ベルトルッチは,愛を求めて彷徨う無情な人生を描き続けているように思える。『魅せられて』のトスカーナは,『ラストエンペラー』の紫禁城や『シェルタリング・スカイ』の砂漠と同様に,無常なる愛を幻想的に描くための舞台ではなかったかと思う。

魅せられて

アマルフィ

フランシスは[0:55:25〜]にシエナ発のバスに乗ってローマを訪れる(バスはヴィットリオ・エマニエル2世記念堂の前で停車している)。ローマでマルチェロと知り合い,2人はマルチェロの家のあるアマルフィ海岸のポジターノに向かう。最初にポジターノがスクリーンに映るのは[0:59:09〜]。アマルフィ海岸はローマの南,カンパニア州のサレルノ湾に臨む町。崖地に家が建ち並ぶ景勝地であり,世界遺産でもある。

ライフ・イズ・ビューティフル

1999年のアカデミー主演男優賞(ロベルト・ベニーニ)/外国語映画賞/作曲賞などを受賞する評価を得た映画。ドーラを「プリンチペッサ」(王女様)と呼ぶグイドのイタリア語は(おそらく大仰なセリフ回しなのだろうと思うが)とてもリズミカルで(イタリア語はわからなくても)耳に残る。

アレッツォ

フィレンツェの南東約70㎞に位置する丘上都市。

グランデ広場

グランデ広場に面する回廊(ロッジアの宮殿)は,アレッツォ出身の画家・作家・建築家=ジョルジョ・ヴァザーリ(1511〜74年)の設計といわれている。建築家としてのヴァザーリは,フィレンツェのウフィツィ美術館の設計やヴェッキオ宮殿大ホールの改装に関わっている。13世紀以降のイタリアの芸術家の伝記を書き上げたことでも有名。

サンタ・マリア・デッラ・ピエーヴェ聖堂

ロマネスク様式の聖堂。5階建ての鐘楼は14世紀半ばの建設。

第6話 中世の都市
   ーイタリアの中世都市と広場ー

年表

西欧(ヨーロッパ)全体に繁栄をもたらした古代ローマ帝国(西ローマ帝国)が5世紀に崩壊した後のおよそ1000年,西欧は中世と呼ばれる時代を経験した。中世は西欧全体を支配する政治的なシステムが消滅した後の時代であり,この時代にはヨーロッパの各地に地方独特の空間をもつ中世の都市が形成された。西欧の中世には,キリスト教の普及という精神的な共通性はあったにせよ,各都市はそれぞれの地方の固有性を反映した個性的な姿をもつ。西欧の多くの都市は中世以降も発展し今日の姿に至っている。逆にいえば,今日の都市の骨格は中世に形成されたものであることが多い。

都市の中にある西欧広場もまた,中世(特にロマネスク期)に生まれた空間である。消滅した古代ローマの都市の骨格の上に形成された広場もあるし,また,広場には,中世以降のルネサンス期,バロック期6に整備され成熟したものが多いから,中世の姿がそのまま今日に伝わっているとはいえない。しかし,今日の姿につながる広場が発生したのは中世である。

中世の都市における広場は,聖堂前広場(宗教的広場),市庁舎前広場(政治的広場),市場広場(商業的広場)など,さまざまな都市機能をもち,都市の中心としての役割を担った。地方色豊かな中世の都市の中に生まれた広場は,必然的に個性ある形態をもっている。広場の平面の形態は実に多様でさまざまなカタチをしているし,広場を囲む立面を構成するスカイラインや窓の配置も多様である。また,広場に連続する街路と一体となり,周辺から広場への独特のアプローチ空間を生み出してもいる。広場は,中世以降にも,建物のみならず彫刻や噴水などのさまざまな要素が加わり,成熟した空間となっていく。中世を経た西欧の個性的な都市の中で,西欧広場の個性は際だっている。

個性的な広場は西欧全体に見られるのだが,特にイタリアには特徴的な広場が多い。本章では,イタリアを中心に,映画に描かれた西欧の都市を眺めていく。

6-1. ヴェネツィア

ヴェネツィア

ヴェネツィア海から ヴェネツィア

中世を通じて成熟したヨーロッパの都市には,その町にしかない教会や広場や運河や,独自の路地網があることが多い。中でもイタリアの水の都=ヴェネツィア地図写真)は,中世を通じてその姿が成熟した他に類を見ない個性的な都市である。多くの運河が行き交い,そのあり方が都市の姿を決定づけている。また,車の進入を拒否し続ける路地が,今日においてもなお中世の姿を息づかせている。

サンマルコ大聖堂 サン・マルコ大聖堂

ヴェネツィアは海に面した運河都市である。カナル・グランデ(大運河)が海へとつながる海側の玄関に,サン・マルコ大聖堂写真)の建つサン・マルコ広場写真下)がある。

サンマルコ広場 サン・マルコ広場

サンマルコ広場 サン・マルコ広場

サン・マルコ広場の歴史は9世紀頃に始る。大聖堂を正面とする台形平面の広場(視覚的には長方形に感じられる)と海に面するピアツェッタ(小広場)がL字型に連続する複合的な平面形をもつ。そこに,周囲の建物群に鐘塔やオベリスクなどの要素が加わり,美しい空間を構成している。サン・マルコ広場は,ビザンチン様式(中世初期のビザンチン時代の様式)のサン・マルコ大聖堂の前面に,中世ロマネスクからルネサンスの時代にかけての様々な建築が加わり今日の姿を現している。そのサン・マルコ広場とサン・マルコ大聖堂の姿は多くの映画で見ることができる。

 

007シリーズでは,『ムーンレイカー』(1979年)がサン・マルコ広場でのアクションシーンを撮影している。

[0:33:33〜]に盗まれたスペースシャトルの手掛かりを求めてヴェネツィアにやってきたジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア) は,ゴンドラ=手こぎボートに乗ってサン・マルコ広場に登場する。サン・マルコ広場に面するガラス細工店(ガラス細工はヴェネツィアの名産品である)でのシーンの後,[0:37:45〜]に,運河を行くゴンドラを使ったボートチェイスが展開する。ヴェネツィアの運河を舞台とする絶妙のアクションシーンである。

棺桶を載せた葬儀のボートからボンドに向かってナイフが投げられるシーンがややユーモラスに展開した後,敵に追われたボンドは[0:40:10〜]にサン・マルコ広場に行き着く。ボンドの乗るゴンドラはホーバークラフトに変化し,サン・マルコ広場を走り去る。そこでのBGMにはヨハン・シュトラウス2世作曲の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」が使われている。賑やかなサン・マルコ広場にはぴったりの選曲で,軽快でダイナミックな空間が演出されている。

 

サンジョルジョマジョーレ聖堂 サン・ジョルジョ・マジョーレ聖堂

ジェームズ・ボンドは『カジノ・ロワイヤル』(2007年)でもヴェネツィアで活躍する。ボンド(ダニエル・クレイグ)は終盤の[2:02:23〜]のシーンで,恋人=ヴェスパ(エヴァ・グリーン)とともにヨットにのってヴェネツィアに到着する。このシーンでは,海からのヴェネツィアの眺めと運河から眺める街並みが美しく撮影されている。

ヨットでの海からのアプローチシーンの左手には,一瞬ではあるが,サン・マルコ広場沖のサン・ジョルジョ・マジョーレ島に建つアンドレア・パラディオ(1508〜80年)設計のサン・ジョルジョ・マジョーレ聖堂写真)が映っている。パラディオはルネサンス後期の建築家。古典のオーダーに大胆な変化を与え,古典的であると同時に新しい建築の形態を生み出した建築家である。

[2:05:38〜]にはボンドがホテルの窓からサン・マルコ広場を眺めるカットが挿入されていて,ボンドとヴェスパが滞在するホテルがサン・マルコ広場に面することが説明されている。そして,事件はサン・マルコ広場にある銀行から起きる。ヴェネツィアの路地を抜けるシーンの後,[2:08:30〜]から運河沿いの邸宅でのアクションシーンが始まる。水の上に建つヴェネツィアの邸宅でしかありえないアクションを見ると,水上の都市であるがゆえに水没の危機に瀕したヴェネツィアの邸宅がどのように建てられているかを学習できる。邸宅の中庭などの構成もよく描かれている。

サンサルーテ聖堂 サンタ・マリア・デルラ・サルーテ聖堂

[2:16:41〜]の,ボンドがヨット上でM(ボンドの上司。第17作の『ゴールデンアイ』以降,ジュディ・ディンチが演じている)と電話で話すシーンの背景には,サン・ジョルジョ・マジョーレ教会とサンタ・マリア・デルラ・サルーテ聖堂写真)が映る。

 

ため息橋 ため息橋

007シリーズの第2作『ロシアより愛をこめて』(1963年)のおもな舞台はトルコ・イスタンブールであるが,物語はヴェネツィアで始まり,そしてヴェネツィアで終わる。オープニングのタイトルに続く[0:05:47〜]に海から眺めたヴェネツィアの風景が映る。

ボンド(ショーン・コネリー)は,ロシアの暗号解読器をめぐってイスタンブールに飛ぶが,オリエント急行に乗り,ヴェネツィアに向かう。そして,[1:49:15〜]にヴェネツィアに到着する。ラストに,ボンドとボンドガール(ダニエラ・ビアンキが演じたタチアナ)がボートで運河を行くシーンが用意されていて,観光名所の一つであるため息橋写真)やパラッツォ・ドゥカーレ(ドゥカーレ宮殿)が映る。『ロシアより愛をこめて』では,このシーンでマット・モンローが歌う主題歌が流れ,ボンドの粋な会話で物語が終わる。

ため息橋は16世紀に架けられた橋。パラッツォ・ドゥカーレの尋問室と古い牢獄を結ぶ橋だった。パラッツォ・ドゥカーレはサン・マルコ大聖堂に隣接する堂々とした建物で,海側からヴェネツィアを眺めるショットに必ず登場する。創建は814年とされるが,その後火災で全焼し,14世紀以降に再建されている。

ヴェネツィアは,7世紀から18世紀に至までの1000年以上にわたって,一つの国家=共和国であった。西欧と東方(オリエント)結ぶ位置にあり,貿易都市として繁栄した。

ピアツェッタ ピアツェッタ

サン・マルコ広場がおよそ170×70メートルの大広場とおよそ80×50メートルのピアツェッタ(小広場)(写真)に分けられたのは12世紀。サン・マルコ大聖堂は大広場の東に面して建ち,北はポルティコ(回廊)をもつ旧行政館に面する。守護聖人サン・マルコとサン・テオドロの2本の円柱像が立つピアツェッタはヴェネツィアの海の玄関であり,パラッツォ・ドゥカーレはその東面に建つ。

サンマルコ広場鐘楼 鐘楼

時計塔が建ったのは15世紀。10世紀の灯台を転用した高さ約100メートルの鐘楼写真)は16世紀に完成しているが,今日の鐘楼は1912年に再建されたものである。パラッツォ・ドゥカーレに向かいあうサン・マルコ図書館,鐘楼の足下の柱廊,サン・マルコ大聖堂に向かって右手の新行政館などはルネサンス期の建物である。1720年に創業した現存する最も古い喫茶店として有名なカフェ・フローリアンは新行政館のポルティコにある。

サン・マルコ広場がそうであるように,ヴェネツィアの骨格は中世に形成されたものであるが,しかし,今日の姿には中世以降の歴史が重層している。

 

007シリーズの他にもヴェネツィアを描いた映画は多い。

リュック・ベッソン21が監督した『ニキータ』(1990年)は,工作員に仕立てられ,暗殺を命じられる少女=ニキータ(アンヌ・パリロー)を描く。ヴェネツィアのシーンは[1:12:39〜1:22:17]。運河をボートでホテルに向かった後のほとんどは室内を舞台とするシーンであるが,恋人とのヴェネツィア旅行と狙撃が交錯し,つかの間の幸福と工作員であることを偽らなければいけない現実との落差が強烈に演出されていた。

2003年に製作された『ミニミニ大作戦』(F・ゲイリー・グレイ監督)の舞台もヴェネツィア。冒頭の17分がヴェネツィアでの金塊強奪シーンで,サン・マルコ広場から始まり,運河でのボートチェイスも展開する(ヴェネツィアでは,パトカーもボートである)。『ミニミニ大作戦』の原題は「Italian Job(イタリアでの仕事)」。邦題の「ミニミニ」は劇中で地下鉄とか下水道などの縦横自在に走り回るミニクーパーからの命名なのだろう。ミニクーパーは,後半の舞台ではアメリカ・ロスアンゼルスを駆け回る。よく出来た脚本,明解なキャラクター,スピーディーな展開。この映画はアクション映画のお手本の一つだと思えるが,ヴェネツィアの風景がお手本に華を添えている。

 

全編がヴェネツィアを舞台とした映画としては,婚期を逃したアメリカ人女性の一夏の恋を描いた名作=『旅情』(1955年,デビッド・リーン監督)がある。

『旅情』はアメリカ・オハイオ州に住むジェーン・ハドスン(キャサリン・ヘップバーン)が列車でヴェネツィアへ向かうシーンから始まる。ヴェネツィアの中心部は本土からは離れて海に浮かぶ島にあり,かつてのアクセスは,ジェームス・ボンドがそうしたように,サン・マルコ広場が面する海側からだった。しかし,19世紀以降に鉄道橋と道路橋が架けられ,列車や車でのアクセスが可能になった。とはいっても,列車が停まる鉄道駅=サンタ・ルチア駅25は島の陸地側(本土に近い側)にあり,駅から中心部へは舟か徒歩で向かうことになる。車も,サンタ・ルチア駅近くの駐車場(ローマ広場)までしか入れない。

ジェーンは[0:05:05〜]に水上バスでペンション「フィオリーニ荘」に向かう。船上から[0:06:52〜]にサンタ・マリア・デルラ・サルーテ教会,[0:09:50〜]にリアルト橋27が見え,リアルト橋を過ぎたところで居合わせたアメリカ人夫婦にペンションは「次で下船」と促される。[0:10:12〜]で水上バスを下船し,サント・ステファーノ広場28を通り,路地を抜けてペンションに向かう。[0:11:53〜]にペンション到着。ペンションからは対岸にサン・ジョルジョ・マジョーレ教会が見える。

その後のジェーンは,[0:23:30〜]にペンションを出かけ,[0:25:35〜]にサン・マルコ広場へ。広場のカフェで骨董品店の主人=レナート(ロッサノ・ブラッツィ)と出会う。[0:31:26〜]にジェーンが知り合いになる少年=マウロと一緒にパラッツォ・ドゥカーレの入口の階段を下りるシーンがあり,続いて,再度サン・マルコ広場が登場する。ジェーンとマウロがカフェで会話をする[0:32:24〜]のシーンはサント・ステファーノ広場。続くシーンで,ジェーンは,偶然,レナートの経営する骨董品店へ立ち寄る。骨董品店は「サン・バルナバ橋」の近くのサン・バルナバ広場29に面していることが「0:45:47〜」のシーンで説明されている。ジェーンが運河に落ちる有名なシーンは,そのサン・バルナバ広場での出来事である。サン・バルナバ広場にはサン・バルナバ聖堂が建っていて,このシーンでも教会の姿が見える。

[0:59:15〜]にはサン・マルコ広場での夜の野外コンサートが始まる。[1:06:53〜]は翌日のサン・マルコ広場の風景。このシーンからは海に面するピアツェッタ(小広場)の構成がよくわかる。そして,[1:24:17〜]には町の早朝の姿が映る。

ジェーンとレナートは,[1:26:00〜]にモーターボートでブラーノ島へ向かう。ブラーノ島はヴェネツィアの潟を構成する島の一つ。漁港の街並みはヴェネツィア本島とは異なった雰囲気をもつ。

[1:29:13〜]はもう一度サン・マルコ広場。奇跡の空間の美しさを目で追うキャサリン・ヘップバーン(ジェーン)の名演技が際だつシーンである。そして,[1:35:22〜]がサンタ・ルチア駅のラストシーン。ジェーンの乗る列車は橋を渡ってヴェネツィアを離れていく。

 

トーマス・マン(1875〜1955)の原作をルキノ・ヴィスコンティが演出した『ベニスに死す』(1971年)は,1911年のヴェネツィアを退廃的な町として描いていた。『ベニスに死す』は年老いた芸術家の人生の破滅を描いた映画である。芸術家が人生の最後に向かい合う美への抒情を描く町としても,ヴェネツィアこそがふさわしいだろうと思う。

ヴェネツィアの奇跡の街並みは,中世に形成された都市の骨格の上に中世とそれ以降の建築が積み重なってできたものである。華やかな雰囲気をもつ成熟した都市である今日のヴェネツィアの風景が中世のそれと同一であるはずはないが,しかし,今日の姿は中世の姿の上に重なったものである。その魅力的な都市の姿は映像を喚起し続けている。

6-2. フィレンツェ(シニョーリア広場)

フィレンツェ32もまたイタリアの魅力的な町の一つであり,多くの映画に登場する。

フィレンツェ地図

フィレンツェ遠景 フィレンツェ

おそらく映画史上最強の殺人者といってもいいであろう強烈なキャラクター=レクター博士が活躍するサスペンス映画『羊たちの沈黙』(1991年,ジョナサン・デミ監督)の続編『ハンニバル』(2000年,リドリー・スコット監督)が,前半でフィレンツェ地図写真)を舞台としている。

 

『ハンニバル』は,前作で脱獄し,再び指名手配犯となったレクター博士の10年後を描く。レクター博士は,レクター博士への復讐を企てる大金持ち=メイスン・ヴァージャー(ゲーリー・オールドマン)と対決する。メイスンはクラリス(ジュリアン・ムーア)を操つろうとするが,レクター博士はそのことを見抜き,アメリカのクラリスにフィレンツェより手紙を出す。クラリスは[0:32:16〜]のシーンで手紙を受け取り,その手紙はレクター博士によって,フィレンツェの風景をバックに朗読される。クラリスは手紙を手がかりにレクター博士の居場所を探る。手紙にはラスベガスの消印が残るが,クラリスは「ラスベガスは彼の感性では耐えられない街よ」というセリフを吐く。モラルを超えた狂気の天才精神科医=レクター博士には,商業都市=ラスベガスよりも歴史が重層する都市=フィレンツェこそが相応しい。

実は,全編を通じてアメリカが舞台となっている前作『羊たちの沈黙』でもフィレンツェが登場している。[0:11:48〜]のシーンでクラリスは獄中での監視下にあるレクター博士の対面するが,その独房にはレクター博士が自分で描いたフィレンツェのスケッチが飾られていた。レクター博士は,上院議員令嬢の誘拐事件への協力を要請され,メンフィスに移送される。クラリスは,[1:05:53~]のシーンで,フィレンツェのスケッチをレクター博士に届けている。

シニョーリア広場 シニョーリア広場

『ハンニバル』にフィレンツェが登場するのは[0:28:49〜]。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂が映るフィレンツェの遠景に続いて,世界でもっとも有名な広場の一つ=シニョーリア広場写真)が俯瞰で登場する。

シニョーリア広場 ヴェッキオ宮殿

シニョーリア広場 ロッジア・ディ・ランチ

ウフィッツィ回廊 ウフィッツィ美術館

シニョリーア広場は,およそ90メートルの高さの塔をもつヴェッキオ宮殿写真)や14世紀につくられた3スパンのアーチをもつ大きな開廊であるロッジア・ディ・ランチ写真)など,さまざまなカタチの建物に囲まれている。また,ネプチューンの泉(噴水),ミケランジェロ作のダヴィデ像,コジモ1世のブロンズ騎士像などの彫刻にも彩られている。広場はウフィッツィ美術館写真)のある廻廊にもつながる。

広場の中央で鳩に餌をやる男はレクター博士ではなく,行方不明となったカッポーニ文庫の司書の捜査をするパッツィ刑事(ジャンカルロ・ジャンニーニ)。パッツィ刑事はヴェッキオ宮殿に新しい司書候補であるフェル博士を訪ねる。フィレンツェでは,パッツィという名前は特別な意味を持つ。中世のフィレンツェでは,2つの銀行家=パッツィ家とメディチ家が対立した。1478年,パッツィ家のフランチェスコ・デ・パッツィがメディチ家の兄弟=ロレンツォとジュリアーノの暗殺を企て,弟のジュリアーノは殺害されるが,兄のロレンツォは生き延び,逆にフランチェスコ・デ・パッツィを捕まえ絞首刑に処す。その処刑はヴェッキオ宮殿で行われた。

レクター博士は,シニョリーア広場とヴェッキオ宮殿を舞台とする[1:10:09〜]のシーンで,フランチェスコ・デ・パッツィの処刑を再現する。このシーンは,広場が西欧の暗黒の歴史と無縁ではないことを物語る希有な映像ではないかと思う。しかし,今日の日常のシニョリーア広場は,多くの人(その多くは観光客であろうが…)が集まる明るく豊かな空間である。

シニョーリア広場立面

シニョーリア広場立面

シニョーリア広場立面

 

『ハンニバル』はシニョリーア広場の姿を見事に描きだしているが,シニョリーア広場の他にもフィレンツェの名所がいくつか登場する。リドリー・スコット監督による映像は,フィレンツェの姿に,レクター博士の美学ともいえる残虐さの中の深層の美しさを重ね合わせることに成功していると思える。血生臭い過去の歴史に関わらず,今日のシニョリーア広場の姿は美しく,フィレンツェの姿は限りなく美しい。

アンヌンツィアータ広場 サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場

パッツィ刑事は[0:49:59〜]にレクター博士の家を訪ねる。映画では,レクター博士の家はサンティッシマ・アンヌンツィアータ広場写真)に面しているように見えるが,一方,レクター博士の家は,サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場とは離れた場所にあるカッポーニ宮の中にあるとも思える。このシーンで,レクター博士はパッツィ刑事にパッツィ家の歴史を語りかけている。

ヴェッキオ橋 ヴェッキオ橋

その後の[0:54:36〜]は,アルノ川に架かるヴェッキオ橋写真)のシーン。現在の橋は14世紀に再建されたもので,橋の上の商店が建ち並ぶ。[0:55:16〜]にスリのニュッコが登場する柱廊のある市場のシーンは新市場(麦わら市場)だろうか。パッツィ刑事が血を水で流すシーンに,新市場の名物であるイノシシの像が登場する(写真)。

新市場 新市場

新市場イノシシ 新市場

サンタクローチェ聖堂 サンタ・クローチェ聖堂

パッツィ家礼拝堂 パッツィ家礼拝堂

[1:03:01〜]はパッツィ刑事が夫妻でオペラを鑑賞しレクター博士と出会うシーン。このシーンはサンタ・クローチェ聖堂写真)に付属するパッツィ家礼拝堂写真)の中庭で撮影されている。

 

イギリス映画『眺めのいい部屋』(1986年,ジェームズ・アイヴォリー監督)にもフィレンツェ・シニョリーア広場が登場する。

『眺めのいい部屋』は,20世紀初頭にフィレンツェを訪れるイギリスの良家の令嬢とその周囲の人々を描いた映画である。従姉とともにフィレンツェを訪れたルーシー・ハニーチャーチ(ヘレナ・ボナム・カーター)はペンションの部屋がアルノ川に面していないことにがっかりするが,やや階級の異なるエマソン親子から「眺めのいい部屋」との交換の申し出を受ける。[0:09:58〜]に「眺めのいい部屋」からのフィレンツェ風景が挿入され,そして,その後のルーシーと息子のジョージ・エマソン(ジュリアン・サンズ)との人生が微妙に交錯していく。

[0:13:47〜]のシーンにサンティッシマ・アンヌンツィアータ広場が登場する。ルーシーは[0:14:33〜]にサンタ・クローチェ聖堂を訪れ,[0:21:27〜]にシニョーリア広場に現れる。映画はシニョーリア広場の姿を美しく描き出すが,ルーシーはそこで暴力的な喧嘩を目撃する。ルーシーは気を失い,そこに居合わせたジョージに介抱される。そして,その後の映画の舞台は,フィレンツェの郊外のシーンの後にイギリスに移る。

 

フィレンツェ大聖堂 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

フィレンツェを舞台とする日本の恋愛映画には,『冷静と情熱のあいだ』(2001年,中江功監督)がある。主人公は順正(竹野内豊)とあおい(ケリー・チャン)。映画は,あおいの「フィレンツェのドゥオモは/恋人たちのドゥオモ/永遠の愛を誓う場所」というセリフで始まる。

東京で出会った順正と留学生のあおいは,10年後にフィレンツェのドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)(写真)に一緒に登ることを約束する。しかし,その後の2人の人生にはすれ違いが待ち受ける。フィレンツェで絵の修復を学んだ後に帰国する順正。ミラノで恋人と暮らすあおい。

映画の冒頭[0:01:23〜]にフィレンツェの美しい風景が映り,[0:02:28〜]にカメラはウフィッツィ美術館の内部に入る。修復中の絵が何者かによって切り裂かれるという事件が起こり,順生は警察に呼ばれる。,順生が警察からの帰路にたたずむ[0:29:16〜]のシーンは,レプブリカ広場44(共和国広場)で撮影されている。レプブリカ広場は,サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂とシニョーリア広場の近く,旧市街地の中心に位置する広場。約75×100メートルの大きさをもつ大きな広場である。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂はゴシック期の1296年に起工された建築であるが,特徴的なドームが完成したのは1434年,すなわちゴシックの後のルネサンスの時代である。というよりも,この大聖堂のドームこそが,新しい時代=ルネサンスの幕開けを告げた。大聖堂は身廊の交差部に八角形の祭室をもつ。この祭室の地上55mから90mに高さに直径45mのドームが架かっている。

このドームの設計と施工はブルネレスキに委ねられた。ブルネレスキ45のドームは,二重構造のドームをリブ(骨)と水平なリングによって緊結し自立させる合理的な構造をもっている。人間の理性によって新しい造形が可能となることを示したという意味で,サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームはルネサンスのシンボルに相応しい。

アンヌンツィアータ広場 サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場

『冷静と情熱のあいだ』の順生は,[1:37:24〜]のシーンでサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームに上る。その後の[1:42:22〜]のシーンはサンティッシマ・アンヌンツィアータ広場写真)で撮影されている。画面の左手に広場中央に置かれたフェルディナンド1世の騎馬像があり,奥にサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂が映る。広場は大聖堂から500メートルほど離れているのだが,両者はセルヴィ通りによってを一直線に結ばれている。広場から大聖堂を見通すことができるのは,セルヴィ通りが広場に貫入しているからだ。

 

広場は,単純化していえば,壁に囲まれた空間である。しかし,広場を囲む壁は立ちはだかる巨大な塀のような存在ではない。広場には高い塔の建つ建物が面していることが多く,広場を囲む壁の高さは変化に満ちている。また,壁が囲む平面のカタチも変化に満ちている。広場には街路が貫入し,壁は街路によって切り離されている。さらに,広場の壁には窓が配列している。すなわち,広場は壁に囲まれた空間であると同時に窓に囲まれた空間でもある。広場の壁の窓の造形は,変化に溢れ,躍動感に満ちている。

6-3. シエナ(カンポ広場)

カンポ広場 カンポ広場

カンポ広場 カンポ広場

007シリーズの第22作=『慰めの報酬』(マーク・フォースター監督,2008年)に,珠玉のイタリア広場=シエナカンポ広場写真)が登場する。

『慰めの報酬』は,ジェームズ・ボンド役がピアーズ・ブロスナンからダニエル・クレイグに代わった前作=『カジノロワイヤル』のスタイルを継承していて,ストーリーも連続する。『慰めの報酬』では,前作以上に,最初から最後まで,ボンドが生傷が絶えすことなく闘い続ける。

映画の冒頭での派手なカーチェイスをクリアしたボンドは,「0:03:35」にシエナに到着する。シエナは,中世を通じて成熟した丘の上の町である。城壁に囲まれた旧市街には,石畳の街路が不整形に巡る中世独特の町並みが残る。街路は狭く傾斜も多いから車の通行にはまったく適していない。そのことを意識してか,ジェームズ・ボンドの車は,秘密基地専用のトンネルを通って旧市街地の中心に向かっていく(そこまでの展開がオープニング・タイトルの前のシーンである)。

シエナ大聖堂 シエナ大聖堂

シエナ大聖堂 シエナ大聖堂

シエナはイタリアの中西部=フィレンツェの南方約50kmに位置する。都市国家としてフィレンツェと争ったり,また,友好都市国家としてともに闘った歴史をもつ。この町では,イタリア・ゴシック様式のシエナ大聖堂写真)をはじめ,中世ロマネスク以降の聖堂が数多く見ることができる。

カンポ広場はシエナ旧市街地の中心にある美しい広場である。平面のカタチは扇形をしていて,扇の要には堂々とした立面をもつピュブリコ宮殿と高さ約100メートルのマンジャの塔が建つ。広場は扇の要に向かってすり鉢状に傾斜し(下降し),ピュブリコ宮殿とマンジャの塔を舞台とする劇場のような空間が現れている。

『慰めの報酬』では,オープニング・タイトルの直後にカンポ広場のシーンが現れるが,このシーンでは年に1回の競馬=パリオが描かれている。パリオは中世に起源をもつイベントで,今日では,世界中からの観光客を集めている。[0:07:25〜0:10:25]は,ロマネスクの雰囲気がたっぷりの暗い建物の中で,前作の黒幕=ホワイトをイギリス情報部が尋問するシーンで,このシーンはパリオとのカットバック(2つの場面が平行して流れるシーン)で構成されている。ホワイトへの尋問は拷問に近い雰囲気があって,このシーンは魔女裁判や拷問という暗い歴史と華やかな祭りという中世の両面が描写されているように思える。その後のシーンは,ボンドが逃走するホワイトの仲間を追う展開となるが,ボンドはパリオの最中のカンポ広場を突っ切り,シエナの建物の屋上を駆け抜けけ,ロマネスクの鐘楼でホワイトの仲間と対決する。

 

トスカーナ地図

ベルナルド・ベルトルッチ50は,1996年に『魅せられて』をシエナをロケ地として撮っている。『魅せられて』は,少女から大人へと変化する19歳のアメリカ人=ルーシー(リブ・タイラー)と,フィレンツェを州都とするトスカーナ州地図)の田園に生きる人々とのひと夏の交流を描いている(イタリア半島の北中部に位置トスカーナ州は,フィレンツェの他,シエナ,ピサなどを含む地域)。

登場する人々の多くは,一般人とはいいにくい芸術家や小説家であり,ルーシーの存在はやや哲学的で官能的なテイストを帯びる。ルーシーがひと夏を過ごす映画の舞台はシエナ近郊の芸術家の家で,映画はシエナの街並みを直接的には描かない。冒頭のタイトルバックにシエナの駅が登場したり,エンドタイトルに空撮が映ったりする他には,遠景が何度か挿入されるだけである。それでも,シエナの遠景は印象的で,この映画は,トスカーナ州の田園を一つの理想郷であるかのように描いているのではないかと思う。

 

シエナは登場しないのだが,シエナ近郊のトスカーナの風景が現れる心温まる映画としては『トスカーナの休日』(2003年,オードリー・ウェルス監督)を挙げることができる。

『トスカーナの休日』の主人公は,ダイアン・レインが演ずる女性作家のフランシス。離婚して家をなくしたサンフランシスコ在住のフランシスは,気分転換に団体旅行(ゲイツアー)に参加し,トスカーナを訪れる。団体一行のバスは[0:14:08〜」フィレンツェ大聖堂を見学している。

その後,トスカーナを走るバスは[0:15:06〜]にコルトーナに到着。そこでフランシスは,旅行仲間が母親に出す手紙を代筆する。その文面は「親愛なるママ/コルトーナの広場は朝市で大にぎわい/とても楽しそう/笑いを誘うありふれた日常風景/イタリア人は楽しむことを知っています/新鮮なぶどうの口に広がる紫色の甘み/そして紫色の香り/ずっといたいが鐘が時を告げます/響きはディンドン/キンコンではありません/愛をこめて」。この文面には,イタリアの明るくスローなライフスタイルが表れていると思う。

フランシスは,コルトーナで,「ブラマソーレ」(憧れる太陽)という名前が付いた,廃屋となったヴィラを衝動買いする。そして,廃屋を修繕しながら,イタリアに溶け込み,やがて自分の居場所を見つけていくというのが映画のあらすじ。映画には,アマルフィ海岸の町=ポジターノも登場する。

 

イタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』(1998年)もトスカーナでロケをしている。監督・主演は喜劇俳優のロベルト・ベニーニ。ベニーニは,戦争の悲劇(ユダヤ人迫害)を背景に人生の輝きを綴っている。

時は1939年。映画の前半の舞台はトスカーナ地方の小さな町アレッツォ。ベニーニ演ずるユダヤ系イタリア人のグイドはこの町でドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)に恋をし,猛烈なアタックを展開する。コメディとしかいえないハチャメチャなシーンが連続するのだが,人生を楽しく生きようとするテイストに溢れ,イタリア的なライフスタイルが見事に描かれる。

グランデ広場 グランデ広場

ピエーヴェ聖堂 サンタ・マリア・デッラ・ピエーヴェ聖堂

繰り返し映画に登場するのが,町の中心に位置するグランデ広場写真)。サンタ・マリア・デッラ・ピエーヴェ聖堂写真)が円形の後陣(背面)を見せるかなりの傾斜がついた広場である。[0:07:27〜0:08:00]にはグイドと友人との軽妙なやりとりが展開し,[0:15:13〜0:16:40]にグイドはドーラと再会する。[0:49:23〜0:49:40]にグイドとドーラと息子のジョズエが自転車の3人乗りで駆け抜けるのもグランデ広場である。

ドゥオモ広場 リベルタ広場

その他にも,映画には中世の趣を残すアレッツォの広場や街並みが映る。市役所局長から自転車に乗って逃げるグイドがドーラに衝突する[0:14:35〜0:15:10]のシーンの舞台はバディア広場。[0:31:17〜0:32:33]にどしゃ降りの雨の中,グイドがドーラのために赤絨毯を敷くシーンはアレッツォ大聖堂が面するリベルタ広場写真)。

『ライフ・イズ・ビューティフル』の後半では,グイドと息子=ジョズエはユダヤ人として迫害される。しかし,グイドはジョズエに迫害を隠し,豊かな現実を見せ続ける。人生は楽しくなければいけない,そのために想像力を働かせ続けるのだというグイドの行動は心を打つ。

 

イタリアの風景は美しい。そして,イタリアの風景にもまして,そのライフスタイルは独特で魅力的である。今日のイタリアのライフスタイルが中世と同様のものであるはずはないが,中世の風景を背景とするそのライフスタイルはけっして今日だけの産物ではないと思う。