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ペデストリアンデッキを探せ

 

新宿を中心とする半径40キロ圏内の68駅に80基のペデストリアンデッキが存在する(2006年現在)。

 

それが僕たちのペデストリアンデッキをめぐる冒険の結論だ。単純な結論だが,この結論はそう簡単に得られたものではない。新宿を中心とする半径40キロ圏内には,JR28路線と27社の私鉄路線と地下鉄等の鉄道線上に1058の駅が存在する。これらの駅のうちのどこにどのようなペデストリアンデッキがあるのかを調査するのはそう簡単なことではなかったし,そもそも,調査を始めた時,僕たちには,ペデストリアンデッキとは何なのかもわかっていなかった。

広義には,ペデストリアンデッキとは高架形式の歩行空間のことだ。しかし,ペデストリアンデッキの形態・空間は多様で,単なる歩行通路というより,広場的な空間である。ペデストリアンデッキ上では通過に限らない多様なアクティビティ(人々の行動)が見られるし,面的な広がりをもつ形状のものが多く,植栽,ベンチ,オブジェなどさまざまな要素が配置されてもいる(写真1)。

写真1 戸塚駅東口ペデストリアンデッキ(横浜市)

 

また,ペデストリアンデッキは,高架の構造物として道路レベルより持ち上げられることで,ある限定された広場的な領域をもつ。西欧の広場のように建物の連続する壁によって周辺を囲まれる空間ではないけれども,駅前のビルが密集する地域に立地することが多いペデストリアンデッキは,西欧広場と同様に,周辺の建物群によるある種の囲まれ感をもつ都市空間でもある。
 そもそも,ペデストリアンデッキを調べてみようと思ったきっかけは,ペデストリアンデッキと西欧広場に都市空間としての共通性があるのではないかと思ったからだ。もちろん,ペデストリアンデッキと西欧広場の場所性や歴史性はまったく異なっている。まったく似ていないと思う人も多いだろうと思う。しかし,都市中心部の公共空間として,両者の間にはある種のアナロジーが成立すると考えられるのではないか?

西欧広場は,中世以降の西欧の遠大な歴世性の中で形成された空間だ(写真2)。西欧広場は,中世都市の固有性を反映した個性的な形態をもっている。平面の形態は実に多様であるし,広場を囲む立面を構成するスカイラインや窓の配置も多様である。僕は,過去に,西欧広場の形態を数値的に解析してみたことがあるのだが,広場は,広場に連続する街路とも一体となり,それぞれが固有の都市空間を形成していることを確認している。

写真2 シエナ・カンポ広場(イタリア)

 

一方のペデストリアンデッキも,都市の雑多な状況を反映した複雑な形態をもつ空間だ。駅という施設や交通が集中する場所に立地するペデストリアンデッキは,既存の道路・建物の間隙を縫うようにしか建設できないから,その形態は必然的に複雑怪奇なものになる。複雑に分断した状況を整理するためのペデストリアンデッキが,必ずしも合理的とは思えない複雑な形態をもってしまうことはアイロニカルなことだが,結果的に,ペデストリアンデッキをもつ駅空間は,他の駅空間とは異なるその街に独自の個性的な形態をもちえている。

日本で初めてのペデストリアンデッキは,1973年に建設された柏駅東口ペデストリアンデッキといわれている(写真3)。柏駅東口ペデストリアンデッキは,新宿の半径40キロ圏内に立地する80基のペデストリアンデッキのうちの一つだ。1973年以降から現在までのおよそ30数年間に,驚異的な数のペデストリアンデッキが建設されたことになる。

写真3 柏駅東口ペデストリアンデッキ(埼玉県柏市)

 

この30年の間に増え続けてきたペデストリアンデッキは,今日の鉄道社会が生み出した都市空間として,どのように都市に定着していくだろうか? そんなことを議論しながら,僕たちのペデストリアンデッキをめぐる冒険はスタートした。

この記事は,その冒険の記録である。

冒険のスタート


ペデストリアンデッキをめぐる僕たちの冒険のスタートは,1998年にさかのぼる。最初に,ペデストリアンデッキっておもしろいんじゃないかと言い出したのは,当時,4年生だったI君だった。I君は,僕が西欧広場の形態を解析した方法をペデストリアンデッキの平面形態の解析に応用し,ペデストリアンデッキの平面形態の多様性をうまく説明する卒業論文を書いてくれた。

ちょうどその頃,僕の地元駅である溝の口(JR南武線と東急田園都市線の乗換駅。川崎市高津区)では,ペデストリアンデッキを含む再開発工事が進んでいた。溝の口駅ペデストリアンデッキは1999年3月に完成するのだが,このペデストリアンデッキとそこに接続するデパートなどの大型商業施設は,溝の口駅北口周辺の様相を一変させた(写真4)。かつての駅前商店街の雑踏が懐かしくもあるが,しかし,今では,ペデストリアンデッキは溝の口にすっかり定着した。僕は,ペデストリアンデッキと西欧広場のアナロジーを夢想しながら,毎日のようにペデストリアンデッキを行き来する遊歩者となった。

写真4 溝の口駅ペデストリアンデッキ(きらりデッキ)(川崎市)

 

ペデストリアンデッキを無条件に賞賛するつもりはさらさらない。ペデストリアンデッキは,人間的なスケールを逸脱した巨大すぎる構造物であろうし,ペデストリアンデッキの下部が殺伐とした空間と化している場合もある。ある種の建築がもつ繊細な芸術性をもちあわせたペデストリアンデッキは皆無かもしれない。何よりも,長い時間息づいていた既存の街並みの破壊の上にしか成り立たないということが,ペデストリアンデッキの不健康性を決定づけている。しかし,いつの時代にも何かが消え,何かが現れる。変化というものはそういうものだ。

ペデストリアンデッキの登場によって失われたものはたくさんあっただろうとは思うが,ペデストリアンデッキによって新たに現れたものもいろいろあるのではないかと思う。これから,何十年かをかけて,ペデストリアンデッキが街に定着していくとすれば,そこから学ぶことは少なくないはずだ。

ワルター・ベンヤミンは,19世紀のパリに急速に建設が進んだパサージュに関する事象を詳細に蒐集し,19世紀の都市の変貌を「パサージュ論」に記述した。本書が「パサージュ論」に匹敵する論考だとはまったく思っていないが,できうるならば,ペデストリアンデッキを通して,20世紀から21世紀にかけての都市の変貌を蒐集し記録したいと思う。

冒険の始まり

その後,2002年夏に,僕と研究室の大学院生・学部生で,新宿駅を中心とする半径50キロ圏内のペデストリアンデッキを網羅的に探す出す調査を始めた。

2002年以降も,ペデストリアンデッキをめぐる冒険は,当時の大学院生・学部生を巻き込んで進んだ。冒険のテーマは,アクティビティ,屋根の形態,舗装パターン,時間による使われ方の変化,空間評価,囲まれ感など,多岐に渡った。

ペデストリアンデッキを探すという作業は,実は容易なことではない。ペデストリアンデッキのある駅を人から聞いたり,ホームページから情報を探したり,地図や航空写真からペデストリアンデッキらしきものを見つけるたりすることはできるので,ペデストリアンデッキが存在しそうな駅に出向いて,存在を確認することはさほど困難なことではない。しかし,ペデストリアンデッキが存在しないことを確認するのは難しい。

新宿駅を中心とする半径50キロ圏内には1254の駅が存在する。範囲を40キロ圏内に縮めても1085の駅が存在する。僕たちは範囲内のすべての駅を訪れ,ペデストリアンデッキの有無を確認しようとしたが,しかし,この調査は想像以上に手間暇がかかり,この年には,中途で挫折してしまっている。

言い訳になってしまうが,すべての駅を訪れるということは,すべての駅で電車を降りて改札を出入りし,また電車を待たなければならないので,特に電車の本数の少ない郊外の駅の調査は難航した。また,すべての駅で下車をするということは,すべての駅で切符を買わなければならないので,費用がかかりすぎたというのも途中で挫折した理由の一つだ。ちなみに,JRでは1日乗車券が発売されていたが,ほとんどの私鉄では1日乗車券は発売されていなかった。

それでも,この年には,353のJR駅と,331の私鉄駅に出向き,JRにおいては56駅に63基,私鉄においては14駅に14基のペデストリアンデッキが存在することを確認している。私鉄や地下鉄の駅についての調査は不十分だったが,JRについては,新宿50キロ圏内のすべての駅を,ほんの一部の例外を除いて,すべて網羅していた。

鉄道都市としての東京首都圏

統計によると,1年間に国内の鉄道を利用する人の数は 216億8600万人。このうち,定期券での利用者は126億6200万人。毎日,約6000万人が鉄道を利用し,そのうちの約3500万人が定期券を使って通勤・通学をしていることになる(2006年現在)。

鉄道利用者の過半は東京首都圏に集中しているのだが,東京首都圏において最も乗降者数の多い駅は新宿駅だ。

毎日,新宿だけで300万人以上の人々が乗降を繰り返し,全体では,数千万人が千以上もの駅を毎日行き来しているというのが,東京首都圏の日常的な出来事なのだ。こんな都市は,世界でもめずらしいといっていいはずだ。

2002年の調査では,ペデストリアンデッキの存在の他に,各駅の鉄道が高架化されているかどうか,駅が,線路をまたぐ駅専用の橋上施設(ブリッジ)をもち,改札がそこに組み込まれているかどうかといった駅舎の形態,周辺建物の状況等についても調べていた。

JR駅に限ったデータだが,高架化された線路と橋上改札をもつ駅は表1のように分布していた。新宿中心の20キロ圏内では,50%以上の線路が高架化されているが,20キロを超えると高架の割合は減り,40キロ圏外ではほとんどが地上を走っている。また,10キロ圏内の駅の改札は駅ビル等に組み込まれていることが多く,線路をまたぐ駅専用の橋上に改札が配置されることは少ないが,10〜30キロ圏ではおよそ3分の1,30〜50キロ圏では約半数の駅が橋上の改札となっている。30〜50キロ圏の駅は,いくつかの主要駅を除いて駅ビルをもつものは少ないから,逆にいえば,30〜50キロ圏では,約半数の駅の改札は橋上にあることさえなく,ホームの片隅に置かれていることが多いということだ。そして,ほとんどの駅で,線路は地上を走っている。

表1 JR駅の形態

 

実際,改札が線路の向こう側だけにあり,踏切を渡らないと改札に行き着けない駅は,まだまだ多い。そんな駅では,駅ホームのすぐ脇にある踏切で,うんざりするほど長い時間,電車の通過を待ち,やっと踏切を渡った後,ホームの反対側にある改札に行き着くまで延々と歩かなければならなかったりする。

数千万人が千以上もの駅を毎日行き来し,鉄道の高架化とペデストリアンデッキの建設が進む一方で,電車はあいかわらず地上を走り続け,人々は無数の踏切で立ち止まっている。それが鉄道都市=東京の風景だ。

ペデストリアンデッキを探せ

2002年の調査では,私鉄駅についての調査が完了していなかったし,また,2002年以降もペデストリアンデッキは増えているはずだ。僕たちは,2006年に,東京首都圏におけるペデストリアンデッキを,今度こそ徹底的に探すことにした。その時の調査メンバーは,M君,T君,F君と僕の4名だった。

調査には,けっこうな交通費がかかるし,写真代やソフトウェア代も必要だったし,地図や資料を買ったりもしなければならなかったが,幸いなことに,法政大学が「特別研究助成金(2006年度)」を出してくれたので,大いに助かった(記して感謝します)。

2002年の調査で,JRの駅については,どこにペデストリアンデッキがあるかがわかっていたし,これまでの経験で,私鉄の駅についても,人づての情報,インターネットからの情報は増えていた。今回は,私鉄各社への問い合わせも行った。また,法政大学大学院で僕の授業を受講してくれた大学院生にもペデストリアンデッキ探しに協力してもらった。

そんな風にして進んだ2006年の調査の結果が,冒頭で述べた「新宿を中心とする半径40キロ圏内の68駅に80基のペデストリアンデッキが存在する」ということだ。

調査したペデストリアンデッキは,表2(その1〜3)および表3(その1〜4)に示している。大きな表であるが,意味のあるデータだと思う。

 

表2 ペデストリアンデッキのリスト

 

表3 ペデストリアンデッキの情報源

 

この結果が完璧だとは思ってはいないが,この時点(2006年)では,これが僕たちのベストだったと思う。

表2は,僕たちが考える,都市中心部の公共空間としての,68駅80基のペデストリアンデッキのリストである。「泊,住,商」には,ペデストリアンデッキが,それらの用途をもつ建物に直結しているかどうかをプロットしている。その他の項目の意味については,後述する。


表3は,ペデストリアンデッキが存在する可能性のあった93駅のリストである。僕たちは,この93駅を調査して,表2の80基のペデストリアンデッキを見つけた。

駅ナンバーが3桁(101番以降)の駅には,僕たちが考える都市中心部の公共空間としてのペデストリアンデッキは存在しなかった。しかし,これらの駅にも広い意味でのペデストリアンデッキは存在している。

表3には,ペデストリアンデッキの存在の情報源が,

  1. 過去の立ち寄り調査(前述の2002年の調査)
  2. 人づての情報(学生,大学院生らから得た情報)
  3. 鉄道会社への問い合わせの結果(16の鉄道会社から回答をいただいた)
  4. インターネット上の情報

のいずれであったかを示している。ペデストリアンデッキの建設年については,現時点では調査が完了していないが,わかっているものについては,この表にプロットした。

上記のインターネット上の情報とは,各種のホームページから得た情報である。インターネット上の情報は,情報が多すぎて整理が困難なのだが,型にはまらない生き生きとした描写が得られることもある。すべての情報源を掲載することは困難なのだが,インターネット上のユーザー参加型の百科事典であるウィキペディアへの参照を含め,ペデストリアンデッキの発見につながった情報を簡略に掲載した。

世界の空撮写真を閲覧できるグーグルアースも,インターネット上のペデストリアンデッキ情報だった。僕たちは,表3のすべての駅の緯度経度をグーグルアースに登録し,空中からペデストリアンデッキの確認をしている。グーグルアースは,周辺建物の3D表示も可能であり,ペデストリアンデッキが周辺建物によって囲まれた領域であることを視覚的に確認できる。グーグルアースによるペデストリアンデッキへの旅も,大変おもしろい体験だ。

ペデストリアンデッキとは何か

今回の調査で,僕たちは,ペデストリアンデッキの形態,使われ方,周辺の状況を把握し,「ペデストリアンデッキとは何なのか?」ということについて検討した。

ペデストリアンデッキは,一般には,「高架形式の歩行空間」ということだが,僕たちのペデストリアンデッキは,「都市中心部の公共空間,駅前の小広場」でなければならない。どのような空間ならば,ペデストリアンデッキと呼べるのか? その検討が必要だった。

2002年の調査では,ペデストリアンデッキを,かなり広義に「高架形式の歩行空間」ととらえていたのだが,今回は,都市の公共空間の一つという観点から,ペデストリアンデッキの特質を再検証しようとしたわけだ。人づての情報,インターネットからの情報,私鉄各社への問い合わせに対する回答は,ペデストリアンデッキの明確な定義に基づくものではありえなかったから,僕たち自身がペデストリアンデッキを定義する必要があったということでもある。

結論として,僕たちのペデストリアンデッキの定義は,次の通りだ。

駅前の立体利用を図る高架形式の歩行空間で,歩行者を滞留させる何らかの要素をもつもの

この定義にはポイントが4つある。第1は「駅に接続する」ということ,第2は「公共の歩行空間である」ということ,第3は「高架になっている(あるいは高架になっている部分がある)」ということ,そして第4は「歩行者を滞留させる何らかの要素をもつ」ということだ。

駅に接続するということ

一般論としては,駅に接続する施設だけがペデストリアンデッキではない。しかし,僕たちは,駅に接続するものだけを調査の探索対象としている(ただし,駅のコンコース・改札に直接接続していなくても,駅との関係が強く,駅前空間と認められるものは探索対象とした)。

このことは,ペデストリアンデッキが鉄道の普及する日本に特有の都市空間ではないかという問題意識によるもので,前述したように,既存の駅に付加された「都市中心部の広場,駅前の小空間」という観点からペデストリアンデッキを探し始めたからだ。

表2のペデストリアンデッキ・リストには,駅との関係が認められないペデストリアンデッキは含まれていない。たとえば,JR京葉線の海浜幕張駅(千葉県千葉市美浜区)の近くには大規模なペデストリアンデッキがあるが,これは駅に接続していないのでリストに含めなかった。

実際,世界には,駅とは無関係に立地するペデストリアンデッキが多く見られる。車社会であるアメリカの都市にもペデストリアンデッキは見られるし(写真5) ,香港中心部には,一部が鉄道(地下鉄)駅にも接続はするものの,駅へのアプローチという機能をはるかに超えた大規模なペデストリアンデッキが存在する (写真6)。これらのペデストリアンデッキは,駅との関係よりも周辺の建物を結ぶ歩行空間としての性格が強く,「駅前の小空間」というスケールを超えている。

写真5 シンシナティのダウンタウン(アメリカ・オハイオ州)

 

写真6 香港・中環(セントラル)周辺の建物を結ぶペデストリアンデッキ

歩行空間は,ヒルサイドエスカレータによってへ半山區(ミッドレベル)までつながる

 

実は,駅に接続するペデストリアンデッキにも,「駅前の小空間」というスケールを超えた,周辺の建物を結ぶための大規模な歩行空間としてペデストリアンデッキがいくつか存在する。僕たちは,そういったペデストリアンデッキにスーパースケールなペデストリアンデッキという意味で,「スーパーペデストリアンデッキ」と呼ぶことにした。表2には,「駅に接続するスーパーペデストリアンデッキ」をプロットしている。

なお,「駅接続に限らないスーパーペデストリアンデッキへの旅」は,もう一つの冒険のテーマであるように思える。

公共の歩行空間ということ


ペデストリアンデッキは,法律的には,公共の道路である。商業施設には,テラスや中庭などの歩行者のための外部空間が設置されていることがある。それらは,広場的な空間という意味でペデストリアンデッキとよく似た空間なのだが,しかし,民間等が所有する私的な施設であるから,ペデストリアンデッキではない。また,駅のコンコースも,鉄道会社が所有する施設としての駅の一部であるから,ペデストリアンデッキではない。

多くのペデストリアンデッキは,駅のコンコースや周辺の建物に連続するのだが,僕たちは,駅コンコースや周辺建物のテラス部分はペデストリアンデッキと見なしていない。探索の対象としたのは,「建物の一部ではない部分」だけだ(ただし,ビル所有者が設置する私的な通路であっても,空間的に建物から独立し,公共の道路と見なしえるものは調査の対象とした)。これは,ペデストリアンデッキを,意図的に設計される建築的な空間としてではなく,都市の変化を反映する都市空間としてとらえたかったからだ。

ところで,「建物の一部ではない部分」を明確に判断するのは,実は容易ではない。明らかに歩行用の道路である場合でも,それが建物の屋上であったり,建物のテラスとして機能したりする場合があるからだ。

調査したペデストリアンデッキの中には,ボイド(吹き抜け)やブリッジ状の部分をもたない「建物の屋上のような空間」となっているペデストリアンデッキがあった。たとえば,三ツ境駅のペデストリアンデッキは線路の上部である「屋上」につくられているし(写真7),また,東神奈川駅と仲木戸駅を結ぶペデストリアンデッキ は,一部が自転車駐車場の「屋上」につくられている(写真8)。

写真7 三ツ境駅(横浜市)の屋上型ペデストリアンデッキ

屋上型は,「建物の屋上にある」ということではなく,ボイドやブリッジ部分をもたないため,「屋上のように感じられる」ということ

 

写真8 東神奈川/仲木戸駅(横浜市)の屋上型ペデストリアンデッキ

自転車駐車場の上部にある

 

これらは,「建物の屋上のような空間」ではあるけれども,公共の歩行空間であるから,一般的な建物の屋上とは異質な空間である。しかし,空間体験としては「空中に浮いている」というより「建物の屋上にいる」ような空間でもある。

僕たちは,「屋上のような空間」をペデストリアンデッキの特性の一つと考えることにし,全体が「屋上のような空間」となっているペデストリアンデッキを「屋上型」,一部が「屋上のような空間」となってはいるが,他にブリッジ状の部分などをもつペデストリアンデッキを「半屋上型」と呼ぶことにした。表2には,「屋上型」と「半屋上型」をプロットしている。

また,公共の歩行空間ではあるが,建物と一体化した「建物のテラスのような空間」も多く見られた。僕たちは,これらの空間も,ペデストリアンデッキの特性の一つとして,「テラス型」と呼ぶことにした。「テラス型」の形態は多岐に渡るので表2にプロットしていないが,データシートにおいて適宜言及している。

高架であるということ

一般に,「高架式の歩道空間」がペデストリアンデッキと呼ばれるわけだから,ペデストリアンデッキが「高架式である」ことは自明のことだ。しかし,見て歩いてわかったことだが,「高架式である」はずなのに,「高架式だと感じられない」ペデストリアンデッキもある。

たとえば,新百合ヶ丘駅,永山駅,多摩センター駅,南大沢駅などのペデストリアンデッキは,ペデストリアンデッキが「高架ではない」地上の広場や遊歩道と連続するため,感覚的には「高架とは感じられない」(写真9)。こういうことは,傾斜地や丘陵地に立地する駅のペデストリアンデッキの「高架である」部分の先に地上の広場や遊歩道が存在し,ペデストリアンデッキと地上が一体化する場合に起きる。

写真9 多摩センター駅(多摩市)の地上連結型ペデストリアンデッキ

 

先に,「ペデストリアンデッキは空中にもち上がることによって地上から分離された領域をもつ都市空間」であると述べた。独自の領域をもつ都市空間という点で,ペデストリアンデッキは,「連続した壁によって囲まれた領域をもつ都市空間としての西欧広場」と類似するだろうということも述べた。しかし,地上に連続するペデストリアンデッキは,独自の限定された領域をもつ都市空間とは見なし難くなる。

けっきょく,僕たちは,地上に連続するペデストリアンデッキを,「地上連結型ペデストリアンデッキ」と呼び,地上に連続することもペデストリアンデッキの一つの特性と考えることにした。ただし,僕たちがペデストリアンデッキと見なしているのは,高架である歩行空間の部分だけであって,地上の広場や遊歩道である部分はペデストリアンデッキとは見なしていない。

表2には,どのペデストリアンデッキが「地上連結型」であるかをプロットをしている。

歩行者を滞留させる何らかの要素をもつということ

「歩行者を滞留させる何らかの要素」を滞留要素と呼ぶことにするが,滞留要素とは座って休憩することのできるベンチや,人々を立ち止まらせる喫煙スペースや自動販売機や電話ボックスを意味する。

実際のペデストリアンデッキには,ちゃんと座れるようにつくられたベンチではなく,ちょうど座れる高さにつくられた花壇(フラワーベンチ)が置かれていることがよくある。もちろん,それも滞留要素だ。ペデストリアンデッキのベンチやフラワーベンチの脇に腰掛けて休憩をしたり,携帯電話をかけていたり,複数で会話をしていたりということは,よく見られる光景だ。ベビーカーを伴った親が子供と一緒に休憩をしていることもよくある。ペデストリアンデッキは,公園の機能の一部を担っていると思える。

案内板も,人々を立ち止まらせるから,滞留要素である。もっとも,「バス停はあちら」といった単なる方向を示すだけのサインは,滞留要素ではないとした。オブジェが置かれたペデストリアンデッキもたくさんあるが,オブジェは待ち合わせに使われたり,観賞のために人を立ち止まらせたり,オブジェそのものやその周囲で子供が遊ぶ光景もよく目にしたりするから,やはり滞留要素である。

これらの滞留要素は,多くの場合,ペデストリアンデッキ上のスペースと関連している。スペースがなければ,ベンチも花壇もオブジェも配置しようがないから,滞留要素があるということは,ペデストリアンデッキが,単なる通路を超えるスペースをもっているということだ。

滞留要素の中には,調査した時にたまたま置かれていただけで,必ずしも継続的に設置されてはいないものもあるかもしれない。しかし,多くの人が利用する利用者するペデストリアンデッキであればこそ,邪魔な場所に滞留要素が置かれ続けるとは考えられない。滞留要素は意味があるから配置されたか,あるいは,もしそうでないとしても,滞留要素の配置が可能なスペースがあるということだから,そこには単純な通路を超えた広場性があるということになる。

なお,十分なスペースさえあれば,具体的な滞留要素がなくたって,立ち止まって携帯電話をかけたり,景色を眺めたる人がいたり,パフォーマンスが行われたりもするから,スペースそのものが滞留要素となる場合もある。どのような要素が滞留というアクティビティに関係するかは,注意深く観察をする必要があった。

僕たちは,ペデストリアンデッキ上の滞留要素とその滞留要素によって発生するアクティビティ(行動)の関係に注目し,ペデストリアンデッキを次のA〜Cの3タイプに分類した。

タイプA ベンチやフラワーベンチや休憩スペースなど,座ることのできる滞留要素のあるペデストリアンデッキ
タイプB 案内板,時計塔,オブジェ,喫煙所,公衆トイレ,自動販売機,寄りかかって休憩できる手すりなどの滞留要素によって,待ち合わせをしたり立ち止まったりするアクティビティが誘発されるペデストリアンデッキで,立ち止まることのできる十分なスペースをもつもの
タイプC 右記以外の例外的な滞留要素をもつペデストリアンデッキ。たとえば,単なる通路的な空間であっても,ペデストリアンデッキから眺められる景観に特徴があったり,ペデストリアンデッキ上で展示などが行われたり,そこに滞留するアクティビティの発生が認められるペデストリアンデッキ

 

A〜Cのいずれの滞留要素も認められず,アクティビティが発生しない単純な通路(歩道橋)は,都市における公共空間としてのペデストリアンデッキとは考えないことにした。

この滞留要素に基づくタイプは,ペデストリアンデッキのアクティビティタイプと呼んでいる。各ペデストリアンデッキのタイプは,表2に記している 。

ペデストリアンデッキの分類

以上で述べたように,

  1. 駅に接続すること
  2. 公共の歩行空間であること
  3. 高架になっている(あるいは高架になっている部分がある)こと
  4. 歩行者を滞留させる何らかの要素をもつこと

という4つのポイントに注目して,ペデストリアンデッキを探してきた。探す過程で,4つのポイントに関係する分類を行い,都市中心部の広場的な都市空間としてのペデストリアンデッキと見なすもの,見なさないものを決めた。

分類は,空間の特徴を把握するために必要だったと思っている。主観的な印象がどのような形態的特長に基づくものなのかを検証するためにも必要だった。

分類は,可能な限り客観的な作業となるように努めたが,もとより,完全に客観的な作業ではなく,部分部分に厳密ではない点もある。しかし,結果的には,特徴のある都市空間としてのペデストリアンデッキが発見できたと思っている。

ペデストリアンデッキの分布

僕たちが探し当てたペデストリアンデッキの分布を次頁の図1に示している。新宿を中心とする40キロ圏内にペデストリアンデッキが広範囲に分布している様子がわかる。また,表4は,新宿駅からの駅とペデストリアンデッキの分布を距離別に示したものである。

表4に見られる通り,東京都の都営地下鉄線と営団地下鉄線の駅の多くが都市中心部(10キロ圏内)に集中しており,この範囲に駅が多く分布している。「駅密度」は,10キロ刻みの半径の円が包む面積を考慮して,1平方キロあたりにいくつの駅が存在するかを計算した数値である。駅密度を見ると,駅は,都市の中心部(新宿駅の近くに)に密に存在しており,中心から遠ざかると粗に分布していることがわかる。

表4 ペデストリアンデッキの分布

 

「ペデ数」が各圏内のペデストリアンデッキの数を示している。「ペデ率」はペデストリアンデッキ数の駅数に対するパーセンテージである。また,「ペデ率2」は地下鉄駅を除く駅数に対するパーセンテージである。

ここで興味深いのは,30〜40キロ圏のペデストリアンデッキの数とパーセンテージが,他の圏内に比べて高くなっているということだ。新宿50キロ圏内のJR駅についての過去の分析でも,ペデストリアンデッキの立地と新宿からの距離には弱い正の相関(距離が遠くなるほどペデストリアンデッキの出現率が増える)が認められていた。このことは,東京首都圏のペデストリアンデッキが,中心部から離れるにしたがって数が減少するということはなく,広範囲に分布していることを示していると考えられた。

すなわち,都市空間としてのペデストリアンデッキは,中心性をもつことなく,人々が広く流動する東京首都圏というスケールの全体にわたって広く分布し,定着しているといえる。

新宿40キロ圏内に存在するペデストリアンデッキをもつ68駅の1日の乗降客数を単純に合計すると,1624万4785人となる。これほどの人々が,毎日,新宿40キロ圏内の広範囲にわたるペデストリアンデッキのある駅で乗降を繰り返しているのだ。

記事の構成

この記事は,東京首都圏のペデストリアンデッキの特徴を蒐集・記録・記述することを試みたものである。

2006年の調査は,安藤,松波,高橋,船岡の4名が行った。4名は,ほぼ均等な数のペデストリアンデッキを分担して調査した。本書に掲載した写真も,4名が撮影した写真である。

データシートには,ペデストリアンデッキの特徴をまとめるとともに,僕たちが魅力として感じた点にも触れている。誰がどの部分を執筆したかは,表2の担当の欄にイニシャルで示している。また,広い意味でのペデストリアンデッキではあるが,僕たちが都市中心部の都市空間としてのペデストリアンデッキとは見なさなかったもの(駅ナンバーが3桁であるもの)については,200頁からのデータシート付録にその概要を記している。この部分執筆担当は,表3の該当駅の担当の欄にイニシャルで示している。

ペデストリアンデッキ上でのさまざまなアクティビティ,ペデストリアンデッキと周辺建物の関係については,松波が,次章以降で述べている。

ペデストリアンデッキへの旅

西欧を旅行する際は,魅力的な都市空間としての広場を見て回ることが楽しみとなることがある。同様に,ペデストリアンデッキを見て回るのもずいぶんとおもしろく,旅のような体験だ。「ペデストリアンデッキへの旅」といういい方は奇妙な表現かもしれないが,通勤・通学を離れ,旅という視点で,鉄道都市=東京の今日の都市空間を眺めてみることがあってもいいだろうと思う。